セナ

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セナ

   雫は止められるのも聞かず、本を届けると言ってはセナの元を何度も訪れた。 「日本人なの?」 「違うよ」 「じゃ、なに人?」  見た目は日本人にしか見えない。 「うーん…… 日本に来る前はヨーロッパってとこにいた」 「ヨーロッパくらい分かるわよ! じゃ、自分がなに人か分からないの?」 「あんまり問題じゃないからね」 「でも日本人に見える……」 「見えるように努力してる」 「どんな風に?」 「いろいろと」 「元の姿、見たい」 「だめ。秀太朗だって反対すると思うけどね」  雫はつまらなそうな顔をした。 「瀬名祐司って本名じゃないってことね?」 「セナ、それだけでいいよ」 「それが本名?」 「さあね」  好奇心の塊の雫は、せっかくだからヴァンパイアのいろんなことを知りたい。一方セナは、久々の人との会話を楽しんでいた。 「ヴァンパイアって長命でしょ? 本当は何歳なの?」 「最後に数えた時は……542だったかな。面倒くせーからもう数えてないな」 「5…… ものすごくおじいちゃんだ……」 「失礼なヤツだな! 肌だってこんなにぴちぴちなのに!」 「まるで若い人みたい」 「努力してんの!」 「人間に追われて隠れて生きてるけど、ヴァンパイアって昔から肩身が狭いってこと?」 「昔は良かった…… どっかの教授ってのがヴァンパイアの血液を研究してからこんな状態になったんだ。こっちは生きてるだけだってぇのに堪んないよ。ヴァンパイアには人権が無いんだ」 「だって人じゃないもんね」  秀太朗がいたら目を剝くような会話だ。雫は昔から怖いもの知らずだ。 「力持ちって本当?」  雫の質問が続く。 「ほんと」 「夜寝ないって?」 「うそ。少しはちゃんと寝るよ」 「教会とか怖い?」 「別に。十字架も怖くないし銀も怖くないし、ニンニクも食う。こうもりにはならない。他に知りたいことは? お前の言ってんのはどうせ小説の受け売りだろ?」 「うん、それしか知らないもん」  ヴァンパイアを小説の主人公にした作品は多い。 「知らないことをあれこれ真に受けるんじゃねぇの」 「だって……人間の血は吸うんでしょ?」 「吸うけどね。美味しいし本当の意味で腹いっぱいになる」 「……やっぱり殺しちゃうの?」 「はぁ? 小説の読み過ぎだ。いちいち殺してちゃ死体があちこちに転がっちまう。それこそ俺たちがヤバいって。せいぜいめまいがする程度にしか飲まないよ」 「そうなんだ…… ヒルとかと同じなんだね」  セナは開いた口が塞がらなかった。ヴァンパイアとヒルを一緒にされたのは初めてだ。 「お前、吸い尽くすぞ」 「出来ないくせに」 「う……」  口では雫に勝てない。 「本を届けに来ただけだろ、帰れよ」 「怒ったの? セナって子どもみたい」  そんな調子でやり取りする時間が結構二人は気に入っていた。たまに派手なケンカをやらかし、そのたびに秀太朗は心配になるのだが、吸血の量を聞いてからはちょっと安心している。  結局セナの大半は謎に包まれてはいるが、危険人物ではないことが分かり、家族で気さくに付き合うようになっていった。    
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