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「ママは元気か?」
「本の売り場を見たら分かるじゃん。いつも巻頭カラーだよ」
「……そうだな」
元妻の名前は矢野明日香。少年誌で週刊連載している売れっ子の漫画家だ。私のアシスタントとして働いていたが、そのまま関係が深まり結婚した。しかし気付いた時には私を飛び越えて人気漫画家になっていた。
カフェインを摂取しなくても眠れなくなりそうな会話をしていると、見知らぬ男が近づいてきた。三浦賢也かと思い一瞬たじろいでいたが、雰囲気が似ているだけの他人だった。
「ロイ、先生ですよね?」男の声はBGMに負けそうなくらいにか細い。
「……そうですけど」
「やっぱりそうですか。めちゃくちゃファンです。握手してもらってもいいですか?」
「別に……いいですけど」
男の手は汗ばんでいて、握手した瞬間に「くちゅ」と音を発していた。スマホで隠れているためカエラの表情は分からないが、唯一見えている眉間に一瞬だけシワが寄ったのを私は見逃さなかった。男がなかなか去ろうとしないため、コースターにかつてヒットした漫画の主人公の顔を描いて渡すと、男は何度も振り返ってお辞儀をしながら消えていった。
「まだファンなんているんだ」カエラはスマホを顔の前から下ろした。
「ああ、びっくりする」
「手、洗った方がいいよ」
「そうだな」
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