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大村が行方不明になっているという噂が私の耳に届いたのは、それから数日後。カエラ経由で入ってきた。机の上には「探さないでください」と書かれた置き手紙があったという。そりゃそうだ。捜索願を出されたら困るのだから。今頃は明日香が用意したホテルに泊まって温泉に浸かっているのだろう。仕事なんてリモートでやればいい。
それにしても大掛かりなドッキリだ。私を驚かすためによくやるものだ。だが終わりは近いだろう。人気作家である明日香の頼みとあっては断れないのかもしれないが、大村だっていつまでも職場に顔を出さないわけにはいかない。
私は大村とのやり取りを思い出しながら漫画を描いていた。そのまま描いても賢也にダメ出しされてしまうため、大村を今以上にクソな奴にした。非常に気持ちがいい。表現というのはアートやビジネスである前に、ストレスのハケ口なのだ。
「今晩は外食でもするか?」
学校から戻ってきたカエラを誘うと二つ返事でOKである。「肉がいい」というリクエストに従い、歩いていける場所にある焼肉店に入った。4人席に向かい合って座った。
「なんだか機嫌がいいね」カエラは私の変化を敏感に察知していた。
「今日はストレスフリーなんだよ」
「良い事あったの?」カエラはメニュー表を見ながら言った。
「仕事が順調に仕上がりそうなんでね」
「三浦賢也の漫画のこと?」カエラは顔を上げた。
「そうだよ」
「いつまで続けるつもりなの?」
「そろそろ終わりそうだよ」
「ならいいんだけど。深入りしないほうがいいよ」
「うん」
タブレット端末による注文をカエラに任せると、テーブルに置ききれないくらいの肉が次々と運び込まれてくるのだった。
「こんなに食えるのか?」
「十代の食欲を舐めてもらったら困るわ。半分は責任持って食べるよ」カエラはそう言うと、網の上に隙間なく肉を乗せて焼き始めるのだった。
「二人で食べるんだから、ちゃんと偶数で焼いてほしいんだけど」
「パパさぁ……そんなこと言ってるから離婚するんだって」
「それは関係ないだろ」私は生ビールを喉に流し込んだ。
「なんだかんだ言ってこの世界のルールは、早いもの勝ちでしょ。私はもうその事に気付いているよ」
「そんなこと言ったら、レアが好きな人に肉を先に全部食われてしまうぞ。困るだろ?」
「……うん」
「待つことも大事なんだよ」
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