17話目

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 そして金曜日の昼。紙袋の中に850万円を入れて三浦邸に向かった。紙袋を冷凍庫の中に置いて、あとは自分の指紋を消したら速やかに帰宅するつもりだ。翌日に電話が掛かってきても出なければいいのだ。賢也も同じことをしているのだから罪悪感なんてない。もしも玄関のドアが開かなければそこまでだ。契約はそこで終了。  レクサスを三浦邸の前庭に駐車すると、玄関の荘厳なドアを腕と肩で押した。ドアはゆっくりと開いた。それならばと二階に上がり、用意しておいた布で自分が過去に触れた箇所を思い出しながら丁寧に拭いて回った。  なぎさがいた部屋のドアノブを拭いている時に、あることに気付く。この部屋に私は一度入っているため、内側のドアノブも拭かなければいけない。  見逃すところだった、あぶねーと思いながら、ドアを静かに開けると片目だけで部屋の中を覗き込んだ。例のベッドの上でなぎさは上体をリクライニングで起こしながら目を閉じていた。黄色くなった足の裏が布団からはみ出している。  私は部屋の中には入らずに腕を伸ばし、反対側のドアノブの指紋を拭き取ろうとして空振り。「あれ?」もう一度試みるがやはり空振り。  ドアの隙間に頭を突っ込み、反対側をチェックした。そこにあるはずのドアノブは無く、小さな穴が開いているだけだった。  寝ているなぎさの枕元にドアノブは置かれていた。あまりにも不自然な状況だ。あれを取りに行けば、次の仕掛けが待ち構えているのだろう。  もういい。地下室に行こう。こんなの相手にしていたら時間の無駄だ。私は一階に向かい、地下室に続く階段を下りた。いつもの扉を開けると暗闇の中に冷凍庫が鎮座している。電源が入っているため、コンプレッサーの音がしていた。手際よく南京錠を外して冷凍庫の中を見ると、ビニールに包まれた大村の遺体は無くなっていた。お金の入った封筒だけが置かれ室内灯に照らされている。 「いらねーよ」と声に出したのは自分に言い聞かせるため。名残惜しさを振り切る呪文である。そして850万円の入った封筒を放り込んだ。これで終わり。
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