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私はゆっくりと明日香に接近すると、マスクの下部に指を引っ掛けた。マスクの折り曲がった箇所に溜まっていた血が、床に音を立てながら滴っていた。顔を見ないわけにはいかない。本当に別人の可能性がある。たとえ別人であったとしても大事件だ。もう普通の生活には戻れないだろう。
「先生は自分の家族が事件や事故に巻き込まれて、歯の治療痕を調べないと身元が分からないくらいに損傷が激しい時に、死に顔を直視できるタイプですか?」
「……もちろんだ」と言いつつも、マスクを外すことができずにいた。
「見る必要ありますかね? 一番きれいな顔を最後の記憶にした方が良くないですか? よく言うでしょ、親の死に目に会えなかったとか。なんで死ぬ瞬間の苦しんでいる姿を観察しないと親不孝になるんですか? 理解できないです」
「自分の親を殺しておいて、どの口が言うんだよ」私はしばらく連絡をとっていない母親の顔を一瞬だけ思い浮かべていた。まだ死んではいないが認知症が進み、私の名前や顔を覚えてはいない。
「親を殺したのは僕ではないです。賢也が殺ったので」
「共犯だろ」
「じゃあ先生も共犯ですよね。僕たちの作品を大村さんと一緒に盗んだわけだから」
「それは違うだろ。俺は盗作だとは知らなかったんだ。でもお前は違う。親殺しを賢也に依頼しているし、今もこうして手を染めている」
「現場を見たんですか? 先生は漫画の内容を信じているだけですよね? 本当は僕の家族は誰も死んでいなくて、幸せに暮らしているかもしれないじゃないですか。先生は自分が一番常識を持っていると思っているかもしれませんけど、先生以外の登場人物はみんな幸せな家庭を築いているんです。壊れているのはあなただけなんですよ」
「……うるせぇ」
「明日香先生もカエラちゃんも真っ直ぐに生きてきた人たちですよ。ロイ先生、あなただけなんですよ。人を裏切り、家族を裏切り、読者を裏切っているのは。ずっとマスクをしているのは、あなたなんです」
「……」私は血だらけの明日香を見下ろしながら、その体が活造りの魚みたいにピクピクとまだ動いているのを確認していた。
「マスクを外したいなら早く外せばいいじゃないですか。ビビってる?」佐藤は殴りたくなるような顔で笑っていた。
「明日香……大丈夫か?」
私がマスクを外した瞬間、明日香は両手を挙げて叫ぶのだった。
「ドッキリ、大成功〜」
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