2話目

6/7
前へ
/128ページ
次へ
 家に着いたのは16時。ネームを描いてしまおうと思いデスクに向かうが、カエラの痛烈な言葉の数々が頭の中でリフレインしていた。  頭を切り替え、三浦なぎさの中学時代をイメージした。新しい命が宿る喜び。誰にも相談できない孤独。将来への不安。セリフを使わずに絵だけでこれらを表現して、最後に彼氏から別れを告げられるカットを挿入する。  完成したネームの画像を賢也に送信してから、テレビゲームの電源を入れた。いつも時間を忘れるほどにプレイし、空腹すら忘れてしまう。レベルアップさせるために同じステージを何度もクリアした。弱いまま次のステージに進むのは我慢ならない。私みたいな人間は留学など絶対にできないのだろう。大抵は英語を学ぶために留学するのに、私の場合は英語が話せないなら留学はできないと思ってしまうのだ。  メールで返信が来たのは深夜だ。 「先生、ネームを見ました。このままペン入れしてください。あと僕はやっぱり素人ですので、ネームをわざわざ送っていただかなくても結構です。完成した原稿だけでいいです。その方が楽しみなので。僕は先生を信頼していますので、ボツになんて絶対にしません」 「了解しました」私は簡素な言葉を送り返して、ため息をついた。  翌日の深夜バイト。仕事をある程度片付けると、客のいない店内で立ち読みをしていた。好きな漫画雑誌であっても矢野明日香のページはいつもスルーしてきた。しかし今は何かが違う。カエラが話していたプライドという名の垢が、こびり付いている心から少しずつ剥がれ落ちてきているのかもしれない。  明日香のインタビュー記事があった。相変わらず被り物をして顔を隠している。平均以上のルックスなのに顔を隠しているのは自信の現れだ。 「え? なんでこんなキレイな顔をしているのに変な被り物をしているんですか?」と記者に言われたいのだ。私には全てお見通しである。それが日本のヒーロー像なのだから。現実と理想のギャップが大きいほどに国民から愛される。  私も若い頃は同じ罠に嵌っていたからよく分かる。印税で優雅な生活ができるのに、あえて汚い服を着て、サンダルを履き、電車で移動する。髪はボサボサで髭はボーボー。それが格好いいと思っていた。売れっ子漫画家という肩書があるからできたことであり、その肩書が消えてしまった今は高級車に乗り、服はブランドにこだわっている。人間とは面倒くさい生き物だ。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加