4話目

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 私は当時の事を思い出しながら、店のロッカーに置いてある鈴竹の制服をチェックした。襟元に付着した毛髪を採取し、人形の中に指で押し込む。自分の制服の胸に付けているネームプレートの安全ピンを外すと、人形の足に刺してみた。心が少しだけ軽くなる。  朝の7時になると鈴竹はいつもの仏頂面で出勤し、挨拶するよりも先に「トイレの掃除いってきて。終わったら帰っていいよ」と私に命令してくるのだった。その日に限って便所は異常に汚れていた。一体どういう使い方をすればこんなことになるのだろう。利用者に対する怒りと同時に、便所がクソで汚れている時に限って人に命令する鈴竹への憎悪が湧き上がってきた。  水に流すなんて言葉は意味を持たない。私のストレスは限界に近く、破壊的な衝動を必要としていた。せめて鈴竹が足に怪我を負っていれば良かったが、それは全く期待できそうにない。見れば同年代の主婦どころか男よりも足は太く、健康そのものだ。 「ちゃんと綺麗に掃除した?」鈴竹は私の顔を見るなり半笑いだ。 「汚れているのが分かっていて、僕にやらせたんですか?」 「いつもより25%増しで汚れていただけでしょ」  家に戻っても気持ちが晴れなかったが、一時間だけテレビゲームに興じてストレスを発散すると、鈴竹の顔がチラつかなくなったため、気を取り直して漫画を描くことにした。  紙袋から人形を引っ張り出すと、机の目の前に寝かせた。背中に鈴竹の髪の毛が入ったままであることを思い出すと、憎たらしい顔が蘇ってくる。私は人形の顔に拳を何度も振り下ろした。破壊は食欲や性欲と同じように人間の欲望の一つだ。人形が潰れて縫い目から綿が飛び出してくると、なんとも言えない満足感がある。  なぎさが自分の体の痛みに耐えながら、元カレに黒魔術を必死にかける姿を想像して絵を描いた。細い針を人形に刺すたびに、自分の体に小さな穴がポツポツと空いていく。なぎさの顔は笑顔と苦悶の中間だ。  私は絵を描いているだけなのに体がむず痒くなってきて、頭髪を掻きむしっていた。そのうち頭痛に襲われていた。まさか人形の頭部を叩いたからだろうか? いやそんなことはありえない。考えすぎだ。  その時だった。私は万年筆をデスクから落としそうになり、慌てて掴もうとしたが空振り。反射的に足を出して万年筆が床に落ちる衝撃を和らげようとするが、ペン先が足に刺さってしまうのだった。深い傷ではなかったが、足の甲から血が出る様子を私は眺めていた。
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