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「どういう感じの話にしたいのか教えていただけませんか?」相手がただのファンではなくクライアントになった途端、私は低姿勢になっていた。 「ジャンルは先生が得意とするホラーでお願いしたいです」賢也は喜びを噛み締めたアヒル口になっていた。「プロットはざっくり言うなら、人生とその復讐ですかね」 「人生と復讐……ですか」 「ぶっちゃけると、殺してやりたい奴がいるんです。でもそれは無理なので、漫画の中で復讐して溜飲を下げたいんです」 「本人が読んだら自分の事が描かれていると分かるのでは?」 「平気ですよ。僕と母しか読みませんから。それにもちろんフィクションですし」  話している途中で他の客が入店したため一時中断。賢也は雑誌売場でまた立ち読みを始めた。私は客を目で追いながら、執筆の意欲が湧いてくるのを感じていた。こういう仕事のやり方はアリかも。そう思い始めていた。売れなくなったタレントが地方をドサ廻りして稼ぐように、漫画家も個人的に執筆して売ればいいのかもしれない。  客が帰ると賢也は雑誌売場から早足に戻ってきた。 「先生、取り決めを行いましょう。先生に迷惑を掛けたくないので、今向こうでその事をずっと考えていました」 「どんな?」 「1つ目は、お互いの生活には干渉しないことです。住所を調べたりしたら駄目です」 「それはもちろんです」 「2つ目は、お金と原稿の受け渡しはこのコンビニで行います。その際に互いに声を掛けないこと。必要な話は全て電話やLINEで行います」 「分かりました。その方が助かります。仕事中なんで」私は防犯カメラに視線を注いでいた。 「3つ目は、漫画の内容は全て僕が決めます。言われた通りに描いてください」 「そのつもりですよ」 「4つ目は、漫画の内容は絶対に口外しないことです。二次使用はもちろん不可です」 「そうですね。個人的な取り引きですし。それは僕からも言おうと思っていました」 「あと最後ですけど、途中で連載を止めるのは駄目です」三浦の口元から微笑みが消えた。 「……もしも止めたらどうするんですか?」 「それまでに支払ったお金を返してもらいます」 「ということは、それまでにお渡しした原稿を返してくれるんですね?」私はムッとしていた。 「返しません。僕のものです」 「いやいやいや、酷すぎませんか?」 「僕と一緒に生み出す作品ですよ。でも先生が一方的に終わらせるのなら僕の物になってもいいじゃないですか。夫婦が離婚する時と同じですよ。離婚を一方的に切り出すほうが親権をもらうんですか? おかしいですよね。お金を返してほしいというのは慰謝料みたいなものです。まあ全額じゃなくて半額でもいいですけど」 「う〜ん」私は心底ムカついていた。でもまとまったお金は欲しい。今月までに50万円を用意できなければ、タワーマンションの家賃を滞納することになる。 「やらないんですか?」 「……やりますよ」 「ありがとうございます!」
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