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1話目
契約を交わした日の午後。賢也はさっそく電話を掛けてきた。コンビニの深夜勤務は22時から朝の7時までであり、自宅に戻ってから昼まで眠っていると伝えていたが、きっちり12時に電話を掛けてくるのだった。目覚まし時計と電話がほぼ同時に鳴ったため、訳がわからなくなっていた。
「先生、よく眠れましたか?」賢也の声は電話だと別人のように感じる。
「ええ……まあ」
「先生は色々とお忙しいでしょうから、さっそく第1話の内容をお伝えします。メモを取ってください」
「……はい」そんな事まで命令される筋合いはない。
「第1話は母である三浦なぎさの小学校時代にしたいのですが、必要ですよね?」
「お母さんがそれで喜ぶなら、あっても良いと思います」私は淡々と答えた。
「そうですよね! やっぱり描いてもらった方が母は喜びますよね。自分の漫画なんだし」
「……ええ」
賢也は上機嫌でなぎさの過去を話していたが、私にはどこが面白いのかさっぱり分からなかった。ありふれた幼少期であり、特別なエピソードは何もない。なぎさの幼少期の画像が何枚も送られてきたが平均的な顔立ちだ。
なぎさが小学校を卒業するまでの成長の記録は、スナップ写真を乱雑に壁に貼る感じの絵にして欲しいと言われ、古臭い発想だなと思いつつネームを描いていた。セリフは一切必要ないらしい。
半日で描いたネームの画像を翌日に送ると、すぐさま返事が返ってきた。
「もう最高です! 全身が震えています。憧れの先生と一緒に仕事ができるなんて感動ですよ。素人の僕からは何も言うことはありません。この感じで描いてください」
賢也は勃起してそうなくらいの興奮状態で、私はスマホを耳から離して聞いていた。
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