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それからしばらく経って、あのショートケーキの受取予約日になった。
ほんとうにあのケーキを受け取りに行くのか? この日が近付くにつれて何度も何度も自問自答した。いっそのこと、内金のことは諦めてばっくれてもいいんじゃないかとさえ思った。
注文したあの日から、ずっと悪夢が続いた。おいしそうな苺のショートケーキを危ないからと目の前で取り上げられたり、それとは逆にショートケーキを食べてアナフィラキシーで死ぬ夢だったり、そんなものだ。
ショートケーキへの期待と不安で、あの日あの店から帰ってきた時のように脚が震える。
それでも。
俺は意を決してここぞというときに着るスーツに袖を通す。
なるべく期待しないようにしながら、俺はあのパティスリーへと向かった。
電車を乗り継ぎ、閑静な町中を歩いてあのパティスリーへと辿り着く。
ドアを開ける手が震える。それでも力を込めて店内に入って、店員に声を掛けた。
「すいません、オーダーしていたショートケーキを受け取りに来たんですけど」
すると、店番をしていた女性店員は俺の名前を聞いてから、厨房へと入っていく。
そして俺の目の前に現れたのは、あのでっぷりと太った男性店員だ。
彼は両手でお盆を持って、その上に乗っているものを俺に見せる。
「ご注文の品、たしかにお作りいたしました」
思わず言葉を失った。いま目の前にあるのは、ずっとずっと長い間食べたいと夢見ていた、苺のショートケーキそのものだった。
オーダー通り、側面にはクリームが塗られておらず、三段になったスポンジの間からはみずみずしい苺が覗いているし、もちろん、クリームの塗られた上部にも、たっぷりと絞られた生クリームの上に真っ赤な苺が乗っていた。
そのつやつやの苺は、よく見てみると作りもののようだ。でも、きっとかなり本物に見た目を寄せているのだろう。
代金を支払って、保冷剤と一所に箱に入れられたケーキを持つ。ますます手と脚が震えた。
こんなにできが良くておいしそうなケーキを、これから食べるのだ。そう、きっと食べられるケーキなんだ。
そんな驚きにも似た思いを抱えながらパティスリーを出る。
いろいろな感情が沸き上がって、周囲にあるものがほとんど目に入らなかった。
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