詐欺師のショートケーキ

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 夜の繁華街。その一角に、地下へ続く階段の側にひっそりと置かれた木の看板がある。  その看板には、素っ気なく店名だけが書かれている。興味を持って階段を下りていく客のうち、一体どれだけが門前払いを食らっているのだろう。  この階段の下にあるのは、会員制のバーだ。  かつて情報商材の詐欺で財をなした男が通っていた、後ろ暗いところのある者たちが通う高級店。  その店に、会員証も見せず顔パスで入っていくひとりの男。手には立派で使い込んだトランクを持っている。  その男がいつも使っているカウンター席に座り、店員に話し掛ける。 「そういえば、最近あいつ見掛けないけどどうしたか知ってる?」  隣の席をぽんぽんと叩きながら訊ねる男に、店員は素っ気なく、あの詐欺師はもう来ないと答える。  すると男は困ったように笑ってこう言った。 「えー? あいつ詐欺師辞めたの? つまんないの」  それから、店員にこう注文する。 「あいつがよく食べてたやつ作って」  店員は、すこし驚いた顔をしてから、かしこまりました。と厨房に注文を伝える。  料理が出てくるまでの間、店員はあの詐欺師が好んで飲んでいたウイスキーを飲む。アルコールが喉を焼くようだけれども、芳醇な香りとほのかな甘味が感じられて、あれだけショートケーキに恋い焦がれた詐欺師が気に入るのも無理はないと思ったようだ。  しばらく静かにウイスキーを飲んで、そうしているうちに料理が用意される。こんがりとローズマリーで焼いた皮付きの鶏もも肉に、ほうれん草やレタス、パプリカ、きのこをソテーしたものが添えられている。  それを見て、男は相変わらず貧相なメニューだと思う。その貧相なメニューを、ナイフとフォークで丁寧に口に運んで行く。  シンプルな味付けだけれども、使われているバターも塩も上質なものだからこそ、素材の味が良く引き立っていて、見た目の貧相さからは想像もできなかった旨味が口の中に広がる。 「なんだ。これもうまいじゃん」  男はそう呟いて、ウイスキーをひとくち飲む。  たしかにこれはおいしい。けれども、ずっとこういったものしか食べられなかったら飽きがくるだろう。  男は鶏肉と野菜のソテーを食べながらぼんやりと詐欺師のことを思い出して呟く。 「あいつ、これよりうまいものみつけちゃったんだなぁ」  それから、皿の上のものをきれいに全部平らげて笑う。  男には憧れなどない、あるのは興味だけで、その興味の対象が目の前から消えた。  憧れを理解できない男はこう言うことしかできない。 「つまんないの」
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