詐欺師のショートケーキ

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詐欺師のショートケーキ

 予約を入れておいた、今話題のレストランでランチをする。向かいの席にはこの店を高級店と感じてしまっているのだろうか、落ち着かない様子の冴えない男が座っている。  俺からすればこのくらいの店は高級店のうちには入らない。ちょっと小洒落たレストランといった程度だ。  まあ確かに、その辺のサラリーマンやOLが来るには少し奮発しないといけない値段かもしれないけれど。  運ばれてきた料理はグレイビーソースのかかったフォアグラと、フレンチドレッシングのかかったサラダ、それにライス。  ほんとうは食前酒も付くらしいのだけれども、酒を飲んで酔ってしまったら困る用事があると言って出さないでおいてもらった。 「それでは、まずはごはんをいただきましょうか」  俺がそう言うと、向かいの男はおどおどと頷いて、慣れない手付きでナイフとフォークを手に取る。  男の食べ方が下手だけれども、そういうことには馴れているので気にしない。俺もナイフとフォークを手に取ってサラダを食べる。  凡庸な味だ。まあ、付け合わせのサラダなんてこんなものだろう。  フォアグラを口にする。グレイビーソースのコクのある味と、フォアグラの脂がとろける感覚がまじる。これはさすがに今の時期の看板メニューとして出しているだけあっていい味だ。元のメニュー通りのデミグラスソースで食べられないのが残念だ。  ライスはまあ、こんなものだろう。本来ならパンが付くところを強引にライスにしてもらったのだ。炊き加減をどうこう言うほどではない。  向かいの男は、こういったものを食べるのははじめてなのか、うっとりとフォアグラを食べている。  良い感じだ。このままこいつを夢見心地にさせておかないと。  皿の上が全部あいて、皿が下げられる。それからすぐに食後のコーヒーが運ばれてきた。  コーヒーに口を付けると、浅煎りのようだけれども酸味はそれほど強くない。豆が良いのか淹れ方がうまいのかのどちらかだろう。  まあ、このレストランは値段なりか。 「お食事はどうでしたか?」  にこりと笑って俺がそう訊ねると、男は興奮気味にこう返す。 「いや、ほんとうにおいしかったです。 そちらさまはいつも、こういったものを食べてるんですね」 「いやいや、さすがにいつもではないですよ。 でも、私くらいになれば好きなときにこういう所や、もっと高級なところにも食べにいけますね」  男が期待を込めた目で俺を見る。  俺はすかさず革の鞄の中から書類を出して、その内容を男に説明していく。  これはいわゆる情報商材だ。この商材を買って、それに書かれているとおりにすれば簡単に儲けられる。そのノウハウを書いたものを、この男に売る。  男は俺の説明に夢中になって、よろこんで契約書に判を押した。 「ご契約ありがとうございます。 まずはあらかじめお伝えしましたように、内金を入れていただいてもよろしいでしょうか」  俺の言葉に、男はいそいそと封筒を取り出して渡してくる。  それを受け取って中身を確認すると、一万円札が二十枚ほど入っていた。 「それで、ものはいつ受け取れますかね?」  浮ついたようすの男に、俺はまたにっこりと笑ってこう返す。 「後日ご自宅へ送らせていただきます。 その後に残りの金額をお支払いいただければ大丈夫ですよ」 「はい! よろしくおねがいします!」  男はにこにことよろこんでいる。  馬鹿なやつだ。俺が売っている情報商材どおりにやれば簡単に稼げると信じ込んでいる。  まあ確かに、上手くやればそこそこ稼げるやつもいるにはいる。でも、この男はどうだろう。そこは俺の知ったことではないけれど。  稼いでくれた方が上納金が入るからその方が好ましいけれど、この男が稼げなくても情報商材の内金をもらった時点で十分に稼げてはいる。だから俺としてはどちらでもいいのだ。  しばらくコーヒーを飲んでゆっくりした後、上機嫌な男を連れて店を出る。会計は俺の奢りだ。ふと男の方を見ると、レストランのフロア内をまだ見ている。きっと、これから稼いでまた来ようとでも思っているのだろう。  店の前で男と別れ、上機嫌そうな背中を少し見送った後、一駅離れた他の路線まで歩いて行く。最寄りの駅から電車に乗って、身バレするのを防ぐためだ。  それにしても。思わずげんなりする。  せっかく予約するようなレストランに行っても、いつも似たような味のものしか食べられない。好きなように好きなものを食べたいのに。  スーツの上から二の腕を搔く。店を出る前から体中がむず痒くてしかたない。  今日はどの食材が合わなかったんだ? ちゃんと店には全部伝えたのに。  これだから外食はいやだ。思わずイライラする。  あの冴えない男がしあわせそうにランチを食べている姿が思い浮かび、忌々しくなる。  そうだ。俺はなんでも好きに飯を食えるやつからどれだけ金を搾り取ったって許されるんだ。だって、俺は自由に食べたいものもまともに食べられないのだから。  こんなハンデを負って産まれてきて生きているんだから、多少狡いことをしたり人を騙したりすることだって、許されないはずがない。  そう、衆生を救うと言われている仏様だって、俺に詐欺師という道を与えることでしか救いを与えられてないじゃないか。  だから、俺には人を騙して金を毟り取る権利があるんだ。これは天命なんだ。  電車に乗って何度も乗り換えを繰り返して、家の最寄り駅に出る。  その最中、体がむず痒いままだったけれども、なんとか耐える。  むず痒さに耐えながら先ほどのレストランを思い出す。  今後あの店を使うかどうかは考えないとな。いまいち信用がおけない。  やっぱり、外食をするのなら信用のおける店でないといけないのだ。情報商材を売りつけるカモをレストランに連れて行く度にそう思う。  だから、普段の食事は自分で調達しているのだけれども、正直言えば自分で作るのは面倒臭い。  いつもの道を歩いて、いつものコンビニに入る。いつもの棚からいつものサラダチキンと高菜おにぎりを手に取って、いつも通りに会計する。  俺が普段食べているのは、このサラダチキンとおにぎり、それにサプリメントだ。これなら、安心して食べられるから。  でも、このサラダチキンとかが好きなのかと言われると、わからない。  まあ、味としてはまずくはない。言ってしまえば、味どうこうよりも食べていて安全かどうかで選んでいるので、このサラダチキンとかに求めているのは味よりも安心感だ。  これなら安心だけれど、物足りなくも思う。  レジでサラダチキンとおにぎりの入った袋を受け取って、レジの向かいにあるスイーツコーナーを見る。  ああ、俺もあんなのが食べられたら……  そうは思うけれど、それは叶えられない願いだ。  スイーツコーナーに並んでいるケーキも、クレープも、シュークリームも、マカロンも、フルーツゼリーも、どれもこれもおいしそうなのに手を出せない。  そう思うとスイーツコーナーが忌々しく思えてきて、にらみつけてからコンビニを出る。  コンビニで買い物をする度にこんな思いをしないといけないなんて。  あのスイーツを、何の悩みを持たずに食べられるやつが憎らしい。スイーツなんてこの世になければいいのに。  そう思ったけれども、コンビニのレジの向かいにある、あの忌々しくて憎いスイーツコーナーに並んでいたスイーツを思い出すと、どれもこれもがどんな宝石よりも輝いているように思えた。  なんだ。馬鹿みたいだ。俺にとってスイーツなんて、ただただきれいなだけでなににもならないただの飾り物なのに。  そう、極楽浄土を彩る宝石と同じ。ただそこにあって、救いも何もない、ただの飾り物。  あんなものに心奪われたってどうしようもないんだ。  俺は奥歯を噛みしめて、家へと帰った。
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