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⑩僕は軌道を修正したい
なんだか物語っぽくなってきてしまったので、ここらへんで一旦軌道修正をしたい! なんせ、これはエッセイなのである! 趣味で小説を書いていたりすると、すぐ描写にこだわったり、比喩とか使いだしたりする。たいした表現も思いつかないくせに悪い癖だ……よくない、よくない。
そんなこんなで、僕は仮想の世界を女の子としてひたむきに生きていくことになるのだが、はっきり言って女の子で得したことなんて一度もなかった。なんで女の子のふりをしてるのか、まったく見当がつかないほどにメリットのない擬態だった。
別にレアアイテムをプレゼントしてくれるやつが現れるわけでもないし、優しく話しかけてくるやつはそもそも全員、男なのだ。女の子に優しくしてもらえるなら願ってもないことだったが、男の優しさなんかには微塵も興味がない。妙な下心が見え透いて、逆に嫌な気持ちになることだってあった。
数名の女の子たちと一緒になって、女子会が開催されてしまったこともある。ドラマの話とか音楽とか、そんなたわいもない話。これが地味にきつい。女性と男性とでは明らかにノリが違うのだ。誰々がかっこいいとか、何々がエモいとか……そんな話題に男の僕がついていけるわけもない。そういうとき、僕は静かに黙って、ただひたすら聞き手にまわることしかできなかった。
はやく時間が過ぎることを心の底から願ったし、なにか理由を見つけて、怪しまれないように離籍してしまうことも多々あった。
デメリットはたくさんあった。自分自身をさらけ出せない。嘘をついているという罪悪感が、まるで呪いのようにつきまとう。仲良くなった相手がいても、騙してるみたいで(実際、騙しているわけだし)、なんだか申し訳ない気分になる。
でも、やっぱりいちばん辛かったのは、「僕が嘘をついているかぎり、その世界で出会った仲間たちとは一生リアルで会うことができない」という事実だった。
仲良くなったからには、やっぱりいつかは会いたくなる。実際に会って、お互いすこし照れ合いながら「初めまして」を言う。酒を飲みながら「ユグドラシル」での出来事を思い出し、語り合い、笑い合う……そんなことがいつかやってみたくなるものである。
しかし、女の子のふりをしている以上、真実を告げないかぎり、その未来は一生やってこない。その事実が辛かった。ほんとうに苦しかった。
──女の子のふりなんてやるべきではないのである。
タクヤがいなくなってから数週間が過ぎ、僕はなんとなくの気まずさから別の世界線へと移動した。言い忘れていたが、ユグドラシルには約五十近い並行世界線が存在した。いわゆるパラレルワールドと同様の概念と捉えてもらって問題ない。誰でも行き来できるシステムなので、タクヤの知り合いから完全に逃げることは出来ないし、女の子を辞めることも出来ない。それでも、すこしでも距離を置きたかった。罪悪感に押しつぶされそうになったのだ。
それから僕は、新しい世界線でたまたま出会った男の子と意気投合し、彼のギルドに入会する。なんて名前のギルドだったか……すぐには思い出せない。たしか「二日酔いでへべれけ」みたいなふざけた名前のギルドだった気がする。
そこで出会ったギルドメンバーたちは、とても楽しい仲間たちだった。いいやつらだったからこそ、僕は余計に苦しんだ。嘘をついているのは僕だけだから。僕だけがみんなを騙していたから……。
しかも……先に記しておくが、僕は最終的にそのギルドを壊滅させることになる。事情はどうあれ、原因はすべて僕にあった。もともと危なげではあったが、終止符を打ったのは明らかに僕だった。
これから先は、そのギルドのことを中心に新しい世界線でAYAKAがいかにトップアイドル(自称)へと成り上がり、その名を馳せていったのかを記していきたい。
女の子として、もはや完璧に開き直った僕は、その世界において、まさに無敵な存在だった。
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