⑮Jagger、見参

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⑮Jagger、見参

 僕のその必死の叫びは、無常にもあっという間に、不特定多数のなにげない会話の海に埋もれていった。「〇〇ダンジョンにいくパーティ募集」とか、「〇〇というギルドのメンバー募集」とか。そういう(たぐい)の日常的な宣伝や募集たち。所詮、世界チャットなんてそんなものだ。不特定多数のひとに対して、定型文以外になにかを叫ぶやつなんて大概あたまのおかしなやつに違いなかった。  光の速さで流されていった僕の叫びは、もはや最初から何事もなかったかのように、静かにチャット画面から消えていった。まるでいま、こうして「がらくた工場」にひとりぼっちで取り残されている僕のように惨めな消え方だった。  ……やっぱり、もう諦めよう。  僕はふたたびその少女の姿をしたモンスターを見つめる。いわゆるレアモンスターというやつなのだろう。三十分に一度くらいの頻度でダンジョンに湧くやつだ。こんな高レベル帯のダンジョンのレアモンスターだなんて、相当の戦闘力を誇っているに違いない。ちょうどいい。これもなにかの記念だ。一思いに、グサッとやってもらおう。そして明日、「へべれけ」のみんなに笑い話として話したりしよう。  ──そう、思った矢先のことだった。  ふと、世界チャットに見慣れないメッセージが流れて来たことに気づく。「なにがあった、いまどこにいる」という短いメッセージ。これも僕の叫びと同様に一瞬にして闇に消えていった。  僕は急いでそのメッセージを追いかけて、発信主の名前を確認する。発信元の名はJagger(ジャガー)。誰だかわからないが、僕の助けを呼ぶ声に反応してくれたのかもしれない。僕は急いで世界チャットに返事をする。 「がらくた工場に閉じ込められて」 「エイトゥルか」 「はい、トランプのとこ」 「待ってろ」  弾幕のように勢いよく流れる雑多なノイズのなか、僕たちはそれぞれの言葉をその手で慎重に掴み取るように会話をした。まるで波が寄せては返す浜辺から、一粒のちいさなガラスの欠片を見つけ出すような、そんな感覚だった。  それからどれくらい経っただろう。あっという間だったような気もするし、何十分もずっと待っていた気もする。僕はとても緊張していたし、実際にひどく脅えていた。押しつぶされそうな恐怖のなか、ただひとり、知り合いでもない、その「Jagger」という人物の救援を待ちつづけた。  そしてついに、彼はきた。  唐突に画面に表示されるパーティ申請。僕は考える間もなくその申請を受け入れる。申請者の名前はJagger。職業は格闘家、ギルドはあの戦闘狂として悪名高い「Vengal」と記載されていた。Vengalのひとと絡んだりするのは初めてだった。それまで僕はVengalのやつなんてみんなやたらと血に飢えていて、会話すらままならないやつだっているとすら思っていた。Vengalにも奇特なひとはいるもんなんだな、と僕は心のなかで呟いた。  パーティを組んだことでMAP上に表示されるようになったJaggerさんの所在地。がらくた工場の入口あたり。それから、ぐんぐんとMAPを進み、僕のいる方へ向かってくる。  ──助けが、きた。  Jaggerさんが、きてくれた。  実際の僕もすでに泣きそうだったし、きっとこのときはAYAKAだって泣き顔だったに違いない。涙で顔がぼろぼろ。それでも信じて待っていてよかったと、心の底から思った。ようやく、この途方もないほどの絶望と孤独から開放される。  道の先からJaggerの姿が見えてくる。筋骨隆々な上半身にはサラシを巻いて、動きやすそうな紺のロングパンツをはいていた。髪は燃えたぎるような赤橙色。遠くからでも、その威圧感がピリピリと伝わってくる。全身に赤黒い闘気のようなものを纏っていて、その場にいるモンスターたちはすれ違っただけで、悲鳴をあげながら消滅した。  ──まさに、圧倒的な強者感を感じた。  彼は僕の前に立つと眉間のしわを和らげ、軽い笑みを浮かべる。そして座り込む僕に手を差し伸べながらこう言った。 「待たせたな」
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