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⑯僕はこういう背中を息子に見せたい
僕は無言で、その差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと力を入れる。僕が立ち上がったことを確認すると、Jaggerは僕に背を向け、すぐそばにいるレアモンスターに目を向けた。右手に包丁を構え、ショルダーバッグに小鬼を携えた謎の少女が、不思議そうな目でJaggerと僕を見つめている。
「ティファニーか」とJaggerは静かに呟いた。「こいつを倒して、さっさと出よう」
「でも、強いんじゃ」と僕。
「俺のほうが強い」とJaggerさん。
もう、なんて言うんだろう。ゲームとかMMOとか仮想空間とか……そういうの抜きにして、はちゃめちゃにかっこよかった。男の中の男でしかなかった。こんなの、もう女だろうが男だろうが惚れるしかないだろうと思った。あのときの、Jaggerの背中はいまでも鮮明に覚えている。憧れの背中だった。こういう背中を将来息子に見せたいものだ……と心の底からそう思った。
それからJaggerは腰を低く構え、両の拳を天に仰ぎ、静かに詠唱をはじめた。時が止まったような瞬間だった。僕とJaggerとティファニー以外、その場にはなにも存在しないような錯覚すら覚えた。
練り上げられる闘気は、まるで灼熱の業火のように膨れあがっていく。さきほどまでのものとは大違いの圧倒的な殺意の波動。
──大技がくる。間違いなく、見たことがないレベルの奥義が放たれる。そう予感した瞬間だった。
地響きとともに、工場中に轟音が鳴り響いた。嘘じゃなく、本当にプレイ中の画面が上下左右に揺れる。そして画面上に大きく映し出される「覇」「凰」「羅」「刹」「拳」の文字。
それは、ユグドラシルにおける格闘家の最終奥義。一撃必殺の究極拳 「覇凰羅刹拳」という技だった。
噂には聞いていた、その一撃必殺の技。実際に目の前で見るのははじめてだった。大袈裟すぎるほどの演出に思わずプレイしている僕自身もびっくりして仰け反ってしまった。それを習得するには、たくさんの経験値と修練が必要と聞いていた。実際に習得しているプレイヤーがいたなんて……。
画面の揺れが収まったころ、ティファニーは見るも無惨な姿になっていた。文字通り、一撃で必殺されていた。あんなにも強そうだった少女に対して、いまでは同情すら感じてしまう。Jaggerは強すぎた。こんなひとがVengalにいるだなんて、僕たちはどんなやつらを敵に回しているというんだ。
人数とか、規模とか、そんなの関係ない。「へべれけ」がどれだけ大きくなっても、Jaggerひとりにすら勝てないだろう。このとき、心の底からそう思った。確信した。
Vengalには勝てないと。
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