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⑤僕は秩序と調和を大切にしたい
僕は桃色のロングヘアに緑のベレー帽がトレードマークのその少女を「AYAKA」と名付けた。
繰り返しになってしまい大変恐縮だが、べつに女の子になりたくて女の子の名前をつけたわけじゃない。僕から言わせてもらえば、そもそも女の子のアバターなのに男の名前をつけるほうがヘンテコである。
想像してみてほしい。つぶらな瞳に透きとおるように白い素肌、艶やかなロングヘアをなびかせた可憐な少女。そうだな、なんなら猫耳なんてものも装着していてもいいだろう。そんな彼女がだ。もし、そんな彼女の名前が「歳三」だったりしたらどうだろう。
──言うまでもなく、絶望である。
趣きが一切感じられない。最低である。清少納言の言葉を借りるのであれば、まさに「すさまじきもの」である。興ざめである。ありえないだろう。「歳三」
だぞ。逆にそういうフェチズムでもあるのではないかと疑念すら湧いてくる。女性アバターにするのであれば、女性ネームは必須である。どのような世界においても、大切なのは秩序と調和。ヘンテコはよろしくない。
「AYAKA」の由来は、学生時代に筆者がちょっとだけ気になっていた女性の名だが、ここについては残念ながらこれ以上深堀りしてもなにも(本当に、ほこりひとつも)出てこない。
その「あやか」さんとは、たった一度だけ語学のクラスで一緒だったくらい。期待をもたせておいて大変申し訳ないのだが、本当にたいしたことのない関係である。学部もサークルも違ったため、それから先も特に関係が進展することもなかった。
いわゆる、ただの知り合いである。
なんとなく、アバターが完成したときに「あやか」さんに似ている気がした。懐かしい匂いがした。見た目だけでない。その醸し出す雰囲気、佇まいになんとなく「AYAKA」という響きがピッタリな気がして、その名にした。
──命名なんて、そんなものである。
そんなふうにして、近い将来「桃色髪の魔女」と世界中から恐れられ、トップアイドルプレイヤーの名を欲しいがままにすることになる少女「AYAKA」はユグドラシルの世界に爆誕した。
……し、失礼。いま、すこし調子に乗った。誇張しすぎた。ああ、これだ。このサービス精神がいけなかったのだ。なんてことだ、これではなにも反省していないみたいじゃないか。
念の為に言っておくが僕は「桃色髪の魔女」だなんて呼ばれたことはないし、トップアイドルプレイヤーも自称である。これがいけないのだ。気持ちがよくなるとすぐに話を大きくする。そして最終的には──。
ご、ごほん。しかしだ。筆者は少なくとも、嘘ばかり吐く「AYAKA」のことを「桃色髪の魔女」と自嘲していた。とんでもないやつだと自分で自分を非難し、叱責していた。
トップアイドルだったかどうかはわからないが少なくとも、その世界においてかなりの知名度はあった。女子の鎧を纏った筆者はコミュニケーション能力が爆発していた。怖いものなどなにもなかった。最終的に知り合いや友人が多くなりすぎて、ギルドやパーティのメンバーとだけ会話するのが煩わしくなり、まるでVチューバーのごとく、世界チャット(制限なく世界中に表示されるチャット)で大勢の人達と会話するようになった。
──そういう意味ではトップアイドルプレイヤーだったと自称しても、べつに言い過ぎではないような気もする。
次項ではついに、「AYAKA」爆誕直後、なぜ筆者が女性として振る舞わざるを得なくなったのか。そのときどのような事件が起きたのかを丁寧に説明していきたい。
その、どうしてもやむを得なかった事情を是非とも、聞いていただきたい。
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