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⑥僕はコミュ障じゃない
僕は「ユグドラシル・マスターズ」をリリースと同時にダウンロードし、遊びはじめた。待っていたのだ。ずっと、プレイできるその日を。
しかし、その世界に舞い降りたばかりの僕は、だれかと会話したりすることもなく、ひたすらに、まるでなにかに取り憑かれたかのように、ピンク色のグミのような魔物や、白い綿毛のような動物をただ黙々と狩っていた。
MMORPGは、ほかのユーザーたちとの交流こそが醍醐味である。それにもかかわらず、僕はプレイ開始から数週間ものあいだ、ずっと独りぼっちだった。
無言で魔物を狩り、アイテムを集めた。レベルがあがると独りで喜び、にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべた。
──まさに、コミュ障そのものである。
……いや、しかし。少し待ってほしい。ところで、どこの世界に初対面のひとに声を掛けながら冒険をし、仲間を集めながら魔物を倒し、アイテムを分け与えながら更に仲間を増やしていけるような人材がいるというのか。
そいつの名前はサトシなのか、ルフィなのか。
そんなやつ、現実にいるだろうが。もし仮に現実世界にそんな人材が存在するのだとしたら、それはもう完全に勝ち組である。高校のときは生徒会長で、大学サークルでは幹事長。毎晩、合コンでオールをしていて、カラオケの十八番は湘南乃風の「純恋歌」。遊んでいる割には、しっかりと同じサークルのマドンナと付き合っていたりして、最終的には大手商社に就職するような、そんなやつに違いない。
そいつはきっと江ノ島や軽井沢が大好きで、土日になると海にサーフィンに出掛けるか、アウトレットに出掛ける。現地でかわいい女の子たちを捕まえて、最後はおんなじ車に乗って帰ってくるような、とんでもないやつである。
あきらかに、そんなやつでないと……それほどまでのコミュニケーション能力がないと、誰彼構わず知り合いでもないひとに声をかけて冒険に誘うなどということはできないはずだ。
──つまり、MMOの世界にそんな人間は存在しない。そういう人間はMMOなんてやらない。暇があれば江ノ島か軽井沢に行っている。そういうものなのだ。
だから僕はコミュ障じゃない。うん、そうだ。あぶないところだった。自信を持つのだ。自信を。
まあ要は、その世界においてだいたいのひとがはじめのころは、ぼっちだったのだと思う。ポツポツとギルドらしい組織の勧誘や、友達募集的な掲示板を見かけるようにはなっていたがそんなのはまだ稀で、リリースされたばかりのころは、みんな恐る恐るで、手探りで、まずはその世界に慣れようとゲームをプレイしていた。
そんな時期に僕はいきなり、ある事件に巻き込まれる。それはまさに晴天の霹靂というべき出来事だった。
その日、僕は首都「アレツノープ」の南に位置する広大な平原でいつも通り、ただひたむきに狩りをしていた。相変わらず無言で、作業的に。もしかしたら意図せず、薄気味悪い笑みも浮かべていたかもしれない。
ある程度の時間が経ち、満足した僕は、平原の東側に設置されている無人のライブステージのようなオブジェに腰掛け、しばしの休息をとることにした。
見渡すかぎりの緑、頬にあたる心地よい風と一面に広がる青い空。まるで目を閉じれば、その光景が鮮明に浮かんでくるようだった。僕は帰ってきた。このユグドラシルの世界に。あのころの仲間たちもまた、帰ってきているのだろうか。そうだとしたらまた会いたいな。
そんなことを考えているときだったかどうかは覚えていない。たぶん、そんなこと考えていなかった気がする。なんとなく、いま、勢いで言ったまでだ。
──とにかく、そのとき事件は起きた。
そう。あいつは突然に。
なんの前触れもなく、僕に静かに耳打ちしてきた。
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