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⑧僕は話をきりだしたい
それから僕は、タクヤに促されるままに初めてのフレンド登録に応じ、パーティを組んだ。まるで流れるような動きだった。ナンパ慣れしているのだろう。もしやタクヤは江ノ島や軽井沢にも行くし、MMOもやる新人類なのではなかろうか。サトシでもなく、ルフィでもなく、タクヤこそがこの世界における──。
……話がいちいち逸れる。すみません。
いずれにせよ、そのようにして僕とタクヤはパーティを組み、一緒に冒険に出掛けることとなった。
タクヤはやはり、とてつもなく紳士的なやつだった。気遣いのできる男だった。
「今日は何時までプレイできる? 無理せず言ってね」
「操作でわからないことがあったらなんでも聞いてね」
「明日以降もいつでも連絡してきてくれていいからね」
などなど、気の利いた声がけと驚くほどの抱擁力で僕をエスコートしてくれた。こういうやつが現実でもモテるんだろうな……と素直に思った。
タクヤは、いわゆるガチ勢というやつだった。リリースと同時にプレイを開始したのは僕と一緒。スタート地点は同じだった。しかし、やつはそれから寝る間も惜しんで三日三晩「ユグドラシル」の世界に滞在していたらしい。それからも基本的にはログアウトなどすることなく、仮想世界のなかで息をしているような男だった。
驚異的なまでのベテラン感と、目に見えてわかるレベルの違いはそこから来ていた。リリースからわずか数週間でそれほどの差が広がってしまうのだからMMOは恐ろしい。
平原のモンスターたちをふたりで狩り始めてから、数十分ほどが経過したタイミングでタクヤが口を開いた。その一言こそが、それ以降の僕の運命を変える。呪いの言葉だった。
「AYAKAちゃん、洞窟の最深部に行ってみようか」
……ん、ちゃん?
──AYAKAちゃん、だと??
「あ、えーと」と僕は反応する。なにか言わないと、と思った。訂正しないといけない。タクヤは間違いなく、なにか大きな勘違いをしはじめている。僕は「ちゃん」じゃない。なんなら「くん」ですらない。すでに三十歳を過ぎたおじさんなのである。
「大丈夫だよ、AYAKAちゃんは端っこのほうに座っているだけでいいから。オレが経験値を稼げばパーティ内で分配されるから」とタクヤは言った。
「えと、そうじゃなくて」と僕は言った。
「もう時間とか?」とタクヤ。
「時間はまだ大丈夫です」と僕。
「よかった、じゃあ行こう」
なんてことだ……。
──は、話をきりだすタイミングがない!
タクヤは不慣れな僕と違い、チャット入力が速かった。僕がなにかしゃべろうとしているあいだに、話題がどんどん変わっていく。僕は結局、もたもたとしているうちに「僕は男です」を言うきっかけを失っていた。
次第に自分への言い訳として「タクヤを傷つけないためにも黙っていたほうがいいのでは?」などという甘い考えが浮かんできた。タクヤは僕のことを女の子だと思っている。もう信じきっている。確信している。僕が女の子だから優しくして、気を遣って、エスコートしてくれている。その努力を無駄にすることほど野暮なことはない。僕は紳士だ。紳士には紳士なりの立ち振る舞いが大切だ。
タクヤが望むなら。タクヤがそれを期待するなら。
──いまだけは、女の子でいてやりたい。
ふたりの空気が悪くなるのも嫌だし、いまさら「実は男だ」と言うのも勇気がいる。切り出さなくてもいいのなら、このままでいよう。そもそも勘違いするほうが悪いのだ。僕は悪くない。
それが、そのとき僕の導きだした短絡的な答えだった。いま思えば、本当にこれこそが大きな過ちだった。
それからも数日はタクヤと遊んだ。社交的なタクヤのおかげで、ほかのプレイヤーの知り合いもどんどん増えていった。そして、そのどのプレイヤーからも僕はAYAKAちゃんと呼ばれるようになった。もうすでに取り返しのつかない状況になっていた。
そして、ある日を境に。
──タクヤは突如として、ゲームから姿を消した。
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