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 視界に入り込む子安さん。近づく俺は声かけのタイミングに集中している。 「神崎くん!」  先に声をかけてきたのは子安さんだった。 「お、おー!」  浅はかなシミュレーションなんて瞬時に吹っ飛ぶものだ。しかしこの先どう会話を進めたらいいか皆目検討が……、 「彼女作んないの?」  子安さんから出た言葉は想定外だった。 「なんでそんなこと聞くんだよ」  不器用な俺はつっけんどん。  子安さんは俺の正面にまっすぐ立ち、頬にかかる髪を耳にかけた。  なんだろ、俺、もう、やたら釘付けだし。 「うちのお姉ちゃんがね、耳鼻科に通ってて良かったなって思ったの。神崎くんの症状に気づいてあげられたから──。  あ……  それとこれ……  忘れないうちに……」  子安さんは、両手でもった可愛らしい封筒を突き出してきた。  肘が伸びきってる。  可愛すぎる、この子。  自然と手紙を受け取る……ありがとう。 「ごめんね、急に。  ずっと、好きだったよ。  誰かの彼氏になっちゃいそうで焦っちゃって。  返事、聞かせてね。  じゃ行くね」 ──ラブレター。  今までもらった誰からの何よりも嬉しかった。  そうか、俺は子安さんのことが好きだったんだ。  運動能力が認められたのは、子安さんが俺の『ちくのう』に気づいてくれたから。  あの特別な一日が、今日の特別に導いてくれたんだ。  中学二年の秋、俺はモテている。  最高のモテ期だ! (完)
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