ジュールは月の裏側

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 ***  私も母も、そして一緒に月面旅行に行く父も。特別な資格など何も持っていない一般人にすぎなかった。それでも月への旅行ができるようになった理由は、ほんのちょっとだけ貯金がたまったことと――政府が百年ほど前から、一般人の月面旅行を許可するようになったからに他ならないのである。  月の裏側には、特別な月の住人が暮らしている。最初にそれを発見したのはアメリカの宇宙飛行士だった。  彼等はキラキラとした青いスーツを身に纏い、それぞれ四本の腕と四本の足を持っていた。金色の瞳は星のように輝き、特殊な翻訳装置を使って地球のあらゆる言葉で流暢に言葉を交わすことができた。 『我々がここまで進化したのは、ごくごく“最近”のことなのです』  彼等は、ほんの少し前まで自分たちは微生物のようなとても小さな生命体でしかなかったのだと語った。裏側に住んでいたことに加え、そのあまりのミクロなサイズのために地球人に観測されなかったのだろう、と。 『知性と意思を得て、我々はすぐ傍の地球に多数の知的生命体が住んでいることを知りました。月なくして地球はあらず、地球なくして月はあらず。二つの故郷はさながら家族のようなもの。我々も地球の皆さんと、家族同然の仲としてお付き合いしていきたいのです』  彼等はとても友好的で、地球人との積極的な交流を望んだ。もっともっと月面基地を大きくしたい、そのために地球の様々な資源と技術を欲しがった。代わりに、彼等もまたその優れた科学力で、地球の進化を助けてくれると誓ったのである。  それが、二百年ほどまでのこと。  彼等と出逢ってからの二百年で、地球の科学技術は大幅な進歩を遂げた。百年前には一般人でも月面旅行ができるようになったのである。まだ限られた船しか出てはいないので倍率は高いが、それでもある程度お金さえあれば一般人も月面旅行ができる時代になった。月の裏側の彼等の基地は、今や地球人にも人気の観光スポットとなっている。ちょっとした月面遊園地もあるし、美味しいレストランも各種取り揃えられている。 『月面旅行に行ってきましたあ!』  可愛い五人の少女達のアイドルグループが五年ほど前にテレビ番組の企画で月面旅行を敢行。今まで一般視聴者の口コミとCMがメインだったのが、一気にその評判を世界中の人々に知らしめることになったのだった。  彼女達は口を揃えて、月の人々の親切さとホテルの綺麗さ、料理の美味しさを褒め称えた。
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