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「――っちょっと、なにをしているのよ!」  エミリーがルカスに身体を預けたまま動けなくなっていると、誰かに声をかけられた。  声に驚いてエミリーが顔を上げると、そこにいたのはアンナだった。  生徒会室の周辺にはよほどの事情がなければ一般の生徒は近付かない。彼女がこの場にいるのはあまりに不自然だ。 「アンナ、こんなところでどうしたの?」 「なにをしているのか聞いたのはこっちが先よ!」 「きゃっ! ちょっとやだ痛いってば、離してよ」  アンナは大股でこちらに歩み寄って来た。その勢いのまま彼女はエミリーの肩を力強く掴んだ。  アンナの爪が肩に食い込む。激しい痛みを感じてエミリーは顔を歪めた。 「騒がしいぞ。そこでなにをしている⁉」  エミリーが痛みで涙目になっていると、近くで勢いよく扉が開く音がした。  それと同時に、男性の怒鳴り声が廊下に響く。 「まあ、殿下。ご機嫌麗しゅう」  姿を現したのはこの国の王子だ。王子はこの学園で生徒会の会長を務めている。  アンナは王子の姿を見るとエミリーからさっと手を離した。  そして、何事もなかったかのように王子に向かって恭しく頭を下げる。 「そこでなにをしている?」  王子はアンナの挨拶を無視して、彼女を鋭く睨みつけながら同じ言葉を繰り返した。  さすがのアンナも王子の態度に戸惑っているらしく言葉に詰まっている。 「すぐに答えられないのであればこの場から去れ」  王子が冷たく言い放つと、アンナは顔を青褪めさせた。  王子の不興を買っていることに、ようやく気がついたらしい。 「――し、失礼いたしました!」  アンナは慌ててエミリーの腕を掴んで歩き出す。  どうやら彼女はエミリーを連れてこの場を去るつもりらしい。  急に腕を引かれるという想定外の事態に、エミリーは派手に転んでしまった。  膝から床に崩れ落ちて、ごんと鈍い音がする。 「――っ!」 「ちょっとなにをしているのよ、どんくさいわね。早く行くわよ」  アンナが強引に腕を引くが、エミリーは廊下に打ち付けた膝があまりに痛くて動けない。 「殿下が去れと言ったのはお前だけだ。その手を離せ!」  エミリーが痛みで呻いていると、ルカスがアンナを怒鳴りつけた。  彼は恐ろしい形相でアンナを睨んでいる。 「ルカスの言う通りだ。お前はさっさと立ち去れ」  王子がルカスに続けてアンナを責めるように言うので、彼女はガタガタと身体を震わせる。   「――っひいい! どうして私が王子に怒られなきゃならないのよ。こんなのおかしいわよおおお!」  アンナが狂ったように叫び声を上げた。  彼女はエミリーの手を離すとドタバタと走り去っていく。 「すまない。俺がいたのに怪我をさせてしまった」 「いいえ。ルカス様が謝ることではありませんわ」  アンナの姿が見えなくなると、ルカスは床に倒れたままのエミリーの隣に跪いた。  エミリーは慌てて立ちあがろうとするが痛みで出来なかった。  膝を見てみると、擦りむいて血が滲んでいる。   「ルカス、生徒会室の中に運んでやれ。私が治癒魔法をかけてやる」  王子からありがたい言葉を貰ったが、エミリーは慌てて両手を振った。 「殿下に治癒していただくなんてそんな! 自分でやりますわ」 「おい、まさかこの私よりも治癒魔法が得意だとでも言うつもりか?」  王子の得意魔法が治癒だということは、この学園の者ならば誰もが知っている。 「いいえ、そんなことはございませんが……っきゃあ!」 「暴れないで。落ちたらまた怪我をしてしまう」  エミリーが頑なに王子の治癒を拒否していると、ルカスに無理やり抱きかかえられた。  エミリーは彼の首に腕を回して落ちないようにしがみつく。  そのとき、生徒会室から役員たちがこちらの様子を覗き見てニヤニヤと笑っていることに気がついた。  エミリーはあまりの恥かしさにルカスの首筋に顔を埋めた。
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