安納寺の親子

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「そっか。姉御が背が高いのはお母さんに似たんですね。神坂も背が高いからお父さん似かな。あたしは両親とも低身長なんで羨ましいですよ」 「そう? 『女の子は背が低い方が可愛い』って散々言われてきた身としては、小柄な千冬や初が羨ましいよ? 無い物ねだりって奴かな」 「ですね」  背が高いとか目が怖いとか。容姿をとやかく言われることはよくあるけど、こればかりはどうしようもない。 「うちのお母さんは幼稚園の先生だったけど、私自身は保育園に入れられてたのよ。幼稚園って保育園より行事が多いじゃない? だからなんとなく、お母さんが娘の私よりも園児たちの方を気にかけているようで面白くなかったんだよね。それは私が小学生になっても感じてた」  私が愚痴を溢すと、千冬が「わかりますぅ」と共感してくれた。  千冬のお母さんはお医者さんだから夜勤もあっただろうし、娘よりも患者優先になることが多々あったはず。  調査員になってから保育士の女性の話を聞く機会があったんだけど、彼女は我が子を保育園に預けていて、自分は別の保育園で他人の子どもたちの保育をしていることに葛藤があると話していた。  子どもが好きで保育士になったのに、自分の子どもは他の保育士に育ててもらっていて、よその子と一緒にいる時間の方が長い。それで我が子の寝返りを打てるようになった瞬間、歩けるようになった瞬間を見逃してしまうのだから、矛盾を感じるのも無理はないかもしれない。  私は子どもの立ち場でそれを寂しいと感じていたけど、お母さんは何の疑問も持たずに働いていたのだろう。 「今でもはっきり覚えてるのがケタケタくんのこと」  私が切り出すと、千冬が「ケタケタくん?」とすっとんきょうな声を上げた。 「うちのお母さん、子どもにニックネームをつけるのが好きだったのよ。本人をそう呼んでたのかは知らないけど、家では『くるりん姫が今日は髪を結ってこなかったけど、お母さん具合悪いのかな』なんて心配してたの」 「あー! 固定のあだ名だと問題視されたりするけど、その場かぎりの愛称みたいな?」 「そうなのかな? 私のことは『おめめパッチリちゃん』っていつも呼んでた」  今の今まですっかり忘れていたけど、少しは愛されていたのかな?  ふいに込み上げてきたものを飲み込んで、「失踪した日の朝に『ケタケタくんの話が気になるのよ』って言ってたのよ」と話を戻す。 「ケタケタくんがそんなに大事?って文句言って、出勤するお母さんを見送ったのが最後だった」  本当は園児も私もどうでも良かったんだろう。恋人さえいれば。
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