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でも、野口所長から聞いた真人のお父さんの走り書きの遺書を思い出したら、絶対違うとは言い切れなかった。
妊娠のことを何も知らされていなかった真人のお父さんが、1年後にどこかでうちのお母さんを見掛けたとしたら?
すべてをお母さんに背負わせて、自分は妻子とのうのうと暮らしていたことを恥じたとしてもおかしくない。
「もしも修司の言う通りだとしたら、うちのお母さんは不倫相手の子をどこかで産んで育ててたってこと? 私のことは捨てたくせに⁉ 私の弟か妹を大事に育てて幸せに暮らしてるかもしれないの? そんなの……許せないよ!」
私が怒りに任せて枕を壁に投げつけると、壁に飾っていた北欧生地のファブリックパネルが大きな音を立てて床に落ちた。
「うーん、どうですかね。それで神坂の父親が妻子を道連れに死ぬって変ですよね。むしろ養育費を払ってもらった方が姉御のお母さんとしては助かりますよね。お詫びに自殺されたって、保険金は姉御のお母さんには入らないんだから」
「保険金が真人に支払われたのは真人がたまたま生き残ったからだよね。もしも真人も死んで自殺ではなく事故と判断されていたら、父親の唯一の相続人であるもう1人の子どもに支払われていたはず。もちろん認知していたらの話だけど」
「実は認知していたとか?」
「それはないな。人が死んだら銀行口座を解約するんでも、相続人をはっきりさせるために戸籍謄本を提出しなくちゃいけないんだよ。もしも神坂の父親が認知していたら、戸籍にバッチリ記載されてたはずだ」
「なあんだ。じゃあ、認知はしてなかったんだ。保険金を遺すためじゃないなら、やっぱり無理心中はおかしいですね」
「だよね」と頷きながらも、私はもう1つの可能性を思いついていた。
「あのさ。うちのお母さんが妊娠してたとしても、無事出産できたとは限らないよね。流産とか死産してたかも。真人のお父さんが死んだのはうちのお母さんがいなくなってちょうど10か月後じゃない? もしかして、病院で死産したばかりのお母さんに会ったのかも。偶然じゃなくて、お母さんが真人のお父さんを呼んだのかも。せめて荼毘にふすときは父親にも見送ってほしいって言って」
妊娠を告げずに姿を消したのにいきなり死産したなんて連絡をするかどうかはわからないけど、10か月間お腹の中で育んできた我が子が亡くなってしまったとしたら、その衝撃を自分1人では受け止めきれずに子どもの父親に知らせてしまうかもしれない。
人間は弱い生き物だから。
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