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「今、いろいろな推測をしましたけど、本当に赤ちゃんが無事に生まれたなら出生届が出てるはずですし、死産なら死産届を出してるはずですから調べられます」
「自ら姿を消した黄菜子のお袋さんが届け出をちゃんとするかな? 自分自身の身元も偽って生きていたら探しようがないぞ?」
「それでも……ダメ元で調べてみます」
「いいよ、別に」
せっかく千冬が調べると言ってくれたのに、私はどうでもいいことのように投げやりに言い放った。
ううん。”どうでもいいことのように”じゃなく、本当にどうでもいいんだ。あんな人のことは。
「うちのお母さんと真人のお父さんが同じ時期にミニバスをやっていた。それだけのことでしょ? 不倫相手だ、妊娠だ、死産だってどんどん話を膨らませちゃったけど、何一つ当たってないかもしれないし。今さらどうでもいいよ」
「姉御はそうでも、神坂は自分の父親がなぜ無理心中を図ったのか知りたいんじゃないですか? その糸口をあたしたちが掴んだかもしれないのに、確かめなくていいんですか?」
千冬の言う通りだ。私はどうでもよくても、真人はきっと違う。でも……。
「それを調べて、本当にダブル不倫だったとわかったら? 私はとっくに母親に幻滅してるから今さら驚かないけど、真人は違う。父親が妻子を道連れにしようとしたのには何か深い訳があると思ってるんだよ。その訳が不倫相手を孕ませたことだなんて、父親の二重の裏切りを知らせるの?」
電話の向こうで千冬も修司も黙り込んだ。
真実を告げることが正しいとは限らない。世の中には知らない方が幸せなことがたくさんある。
重苦しい雰囲気のまま再び「おやすみ」と言い合って、通話を終了した。
喉に刺さった魚の小骨のように、千冬の言葉が心に引っ掛かっている。
お母さんが男と一緒に逃げたというのは単なる噂に過ぎなかったのに、お父さんも私もあたかもそれが真実であるかのように信じ込んで傷ついた。
お母さんがある日突然帰ってこなくなって訳がわからず途方に暮れた私たちは、一番もっともらしい答えに飛び付いてしまったのかもしれない。
失踪した日の朝、お母さんは明らかに何かを思い悩んでいる様子だった。
それを単純に「またケタケタくんのこと心配して!」とむくれながら学校に向かった私は、お母さんのことを何一つわかっていなかった。
何を悩んで、何を決断したのか。
失踪当時、33歳だったお母さん。今の私と3歳しか違わない。
お母さんは大人なんだから思慮分別があって当たり前なのにと恨んでいたけど、去年の自分を振り返れば大人でも取り返しのつかない間違いをする。
真相はどうだったんだろう。少しだけ……ほんの少しだけ気になった。
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