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ダージリン・ムーンライトは淡い色の紅茶だった。
香りは甘くフルーティーで、渋みのない優しい味わい。思わず目を閉じて、その上品な風味を堪能する。
「気に入ったみたいだね」
満足そうな笑顔を見せたのは真人の方だ。
「とても美味しいです。今まで飲んだダージリンの中で一番美味しい」
「このダージリン・クイーンも旨いよ。こうなると、この店の紅茶、全部制覇したくなるでしょ?」
「そうですね。いいお店を教えてもらいました。通りからは雑貨しか見えないので、こんなに紅茶の種類があるなんて知りませんでした」
「あとで雑貨も見よう」
「はい」と頷いてから、それはちょっと変かもしれないと思った。
話を聞くために会って、お茶をする。それは普通だけど、恋人でも友人でもない2人が一緒に雑貨屋を覗くのはおかしくない?
「じゃあ、本題に入ろうか」
私が首を傾げたせいか、真人は急に真面目な口調になった。
「相良さんは知らないらしいから初めに言っておくと、俺は宴とは大学時代からの友人で、逮捕された4人とは面識がある程度で友人でもなんでもない。もちろん例の事件の加害者でもない」
「それはわかってます。神坂さまがそんな人じゃないってことは。でも、あの別荘に出入りしていたら、警察に疑われたんじゃないですか?」
「まあね。それは仕方ないよ。調べるのが警察の仕事だから。調べられて無関係だとわかってもらえた」
「良かったですね。それで? 今日は宴さんの話をするということでしたが、私と何の関係があるんですか?」
「関係ないね。あんたが本当にキナじゃないなら。でも、もしもキナだったら気をつけた方がいい」
ティーカップをソーサーに置いた真人が、ひたと私の目を見つめた。
「気をつけるって何を? どうして?」
私も真人から目を逸らせずに問いかける。胸がざわざわして仕方ない。
「牛丸ワカコが暴露記事を投稿した前日、俺は宴の別荘で不法侵入者を見たんだ。必死に追いかけたが見失った。通報すべきか、それとも一条議員が内々で処理するのかわからずに宴に電話したが通じなかった。議員にも連絡が付かなかったんで、仕方なく通報したんだ」
私は彼に話の続きを促すように頷いてみせたけど、真人は探るような目で私をじっと見た。
「通報して警察が来て、侵入者の特徴を話しているうちに気づいた。キナに似ていたなと」
「え⁉ 恋人のキナさんにですか?」
我ながらアカデミー賞ものの演技だと思ったけど、驚くフリをした私を真人は冷ややかな目で一瞥した。
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