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「宴さんは今、国内にいるんですか?」
「いや、一条酒造の仕事でヨーロッパや中東を飛び回ってるみたいだ。あの事件のせいで、宴はグリフォン製薬にはほとんど顔を出さなくなった。創業記念パーティーも宴無しで執り行われたんだ」
「そうなんですか」
あれほど「じいさんの顔を潰すわけにはいかない」とはりきって企画に携わっていた宴を外すとは、よっぽどのことだ。
確かにグリフォン製薬の株価は急落したし、ロキアタックの売り上げも落ちたとニュースで言っていた。
「別にそのせいで俺までグリフォンに居づらくなったわけじゃないよ」
それならいい。宴一味を糾弾したせいで、宴のコネで入社した真人までが後ろ指を指されるようなことがあっては申し訳なさ過ぎる。
「神坂さまは今は一条議員の事務所で働いているんですよね。ということは、宴さんとも以前と同じように親しくしているんですか?」
「うーん。実は俺の方が少し距離を置いているんだ。海外出張ばかりの宴とは会う機会もないから、あいつは気がついてないかもしれないけど」
「それはあの事件のことで、宴さんがもっと責任を感じるべきだと思っているから?」
「そう。『本多たちが勝手にやったことだって言って、自分は被害者みたいな顔をしているのはおかしいだろ?』って言ったんだけど、『真人は大袈裟に考えすぎだ』って軽く流された。『未だに被害者が特定できてないんだから合意の上だったという可能性もあるだろ?』ってさ。でも、立件できないと判断したら検事は起訴しないよな」
私は「そうですよね」と頷きながらも、誠一郎が腕のいい弁護士を雇えば本多たちを無罪にできてしまうかもしれないと思った。
取調べ段階では容疑を認めた本多たちだが、控訴審が始まった途端「あれは合意の上の行為だった」と主張して無罪を勝ち取る作戦なのだろう。そのために、彼らは宴の関与を否定したんだ。
王様が無傷である限り、歩兵は何度でも蘇らせてもらえる。
「あんたも世間も誤解してるけど、元々、宴は父親と仲良くないんだ。だから、俺が一条議員の事務所に入ったのを宴はよく思ってない。まあ、グリフォンを辞めた理由が”キナのことを思い出すと辛いから”ってことは、理解してくれたけどね。それもこれも全部キナが悪いと、宴はキナを悪者にしてる。その考えも俺には我慢できなくて、文句を言ったんだけどわかってもらえなかった」
深いため息を吐き出すと、真人はダージリンを飲み干した。
宴と誠一郎が不仲? それは初耳だし意外だ。
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