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「うちに来ます? 良かったら話聞きますよ?」
臼井ちゃんの思いがけない言葉に、一瞬「なんで?」と訊きそうになって「な、いいの?」と言い直した。
「なんか最近の黄菜子さん、黄菜子さんじゃないみたいだから。辛いときは強がったりせずに、吐き出した方がいいですよ」
相変わらずぶっきらぼうな言い方なのに臼井ちゃんの眼差しが優しくて、私は「じゃあ、お邪魔しようかな」と答えていた。
「そうと決まれば回れ右。缶チューハイ買わないと。もちろん黄菜子さんの奢りで」
相合い傘を右手に持ち替えた臼井ちゃんは心なしか楽しげで、「おつまみもね!」と言ってコンビニに向かう私の足取りも軽くなっていた。
臼井ちゃんのアパートの部屋は以前と同じで、私の部屋よりも散らかっていた。
でも、今はそれがなんだかホッとする。
「今日はデートだったんですか?」
さすが臼井ちゃん。ワンピースもハイヒールも私のお気に入りだし、メイクもヘアアレンジもデート仕様だと見抜かれている。
真人には「デートじゃないです」と言っておきながら、やっぱり少しでも綺麗だと思ってほしかった。
「デートじゃないけど、デート気分だったんだよね。カノジョがいる人なのに」
私がローテーブルの前に座りながら答えると、臼井ちゃんは相当驚いたと見えて「嘘でしょ⁉」と冷蔵庫のドアを開けたまま振り返った。
「本当。信じられないよね。私も自分が信じられないよ。修司の浮気相手を『カノジョがいるって知ってて誘うなんて最低!』って散々毒づいてたのにさ」
プライドが邪魔して本人には言えなかったけど、心の中では何度も呪い殺していた。
「毒づいてたんだ、やっぱり」
おかしそうに肩を揺らしながら、臼井ちゃんは冷蔵庫から6Pチーズを出してくれた。
昔「缶チューハイにはまずこれだよね」と話していたのを覚えていてくれたらしい。
「そりゃあね。こっちは結婚まで秒読みだったんだもん。一時の気まぐれで誘われたんじゃ、殺意も湧くわ」
「でも、相手の女だけが悪いわけじゃないですよ。毅然として断らなかった宗形さんが一番悪い」
「……そうか。そうかもね」
当時も臼井ちゃんはそう言ったけど、あのときの私は素直に頷けなかった。
悪いのは誘った女と、修司を繋ぎ止めておけなかった私。そう思ったから、浮気した修司を許そうとした。
「略奪は誉められたことじゃないけど、愛は先着順じゃないですよ。相手がいる人を好きになっても諦められないのは仕方ないことだと思います。結婚してたら別ですけど」
修司との別れの話からいきなり今日の話になって、私は戸惑いながらも「仕方ないかな?」と力ない声を上げた。
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