チャンキーヒールの女

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 私が少し手前で停めて車から降りると、修司は「よう! お疲れ様」と手を上げながら気遣わし気な視線を向けてきた。  その穏やかで優しい表情を目にしただけで、心と身体のこわばりが解れていく。  更に原田くんの「出た! チャンキーヒールの女!」という独り言が聞こえてきて、思わずクスっと笑いが零れた。  なんだ。私、笑えるんじゃない。  初の死を知ってから3日しか経っていないのに、もう笑えている。  そんな自分に驚くと同時に、初に対する後ろめたさを感じた。  【チャンキーヒールの女】というのは私のアダ名で、県警の刑事たちがつけたものだ。  私が新人の頃、事故現場にヒールの高いパンプスで現れたことを古参の刑事たちにからかわれたときに、「よく見てください。ヒールが太いでしょ? チャンキーヒールっていうんです。ピンヒールと違って安定がいいから転んだりしません。ご遺族に話を伺うこともあるのに、スニーカー履いてるわけにはいかないですから!」と言い返した。  それ以来バカにされることもからかわれることもなくなったのは、気が強い女だけどやる気はあると認めてもらえたからかもしれない。 「どうしたんですか? 相良(さがら)さん、今日は夕方、花房(はなふさ)病院に確認に行く予定でしたよね?」  原田くんはなぜかいつも私の仕事の予定をしっかり記憶している。  うちの会社は少人数で仕事をこなさないといけないため、病院や警察に行くときは他の社員の担当案件でもついでに書類をもらってくることがある。  だから、スケジュール管理アプリでお互いの予定は共有しているのだけど、今いきなり現れた私のスケジュールをスマホも見ないで言えるって、原田くんの記憶力は尊敬に値する。 「うん、病院に行ってきた帰りにちょっと回り道して来ちゃった。お疲れ様。もう終わり?」  私が2人に声を掛けると、原田くんは「自損だから楽勝です」とドヤ顔で親指を立てた。  その頭をポカッと叩いた修司が「自損だと決めてかかるなよ」と窘めた。  今回の事故は免許を取ったばかりの女子大生が、父親の車を運転していてカーブを曲がり切れずにガードレールに衝突したらしい。  幸い奇跡的にも命に別状はなかったけど、一歩間違えば崖下に落ちて死んでいても不思議ではない。  自殺と事故では全然違うのに、ふと初が転落する様子が脳裏に浮かんで身震いがした。
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