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「えー? 明らかに自損事故じゃないですか!」
原田くんが口を尖らせたけど、街中と違ってこんな山道では目撃者はいないし防犯カメラもない。
たとえば実は対向車がいて、女子大生はカーブで大きく張り出してきた対向車を避けようとして事故を起こした可能性だってまったくないわけじゃない。
彼女は脳震盪で病院に運ばれたそうだし、事故のショックでパニックを起こして記憶が混乱することもある。
ドライブレコーダーに事故時の映像が残っていれば事実確認が容易になるけど、旧式のドラレコだと録画フォルダーがいっぱいだったり上書きされてしまって肝心の事故映像が撮れていなかったということもあるのだ。
保険調査員の仕事はさまざまな情報を集めて、事実を明らかにすること。
現場状況の確認と調査、事故当事者からの聴取や周辺の聞き込みなど、我々調査員の仕事は刑事の仕事に似ている。
自動車保険に加入し一度も請求せずに保険料だけ払い続けている善良な契約者がたくさんいる一方で、わざと事故を起こして保険金をせしめようとする輩も大勢いるのだ。
私も原田くん同様、入社1年目は修司から調査のイロハを教わった。
火災事故や自動車事故の現場で、黒焦げの遺体を見て吐きそうになったこともある。
交通事故であれば過失割合の査定も行うし、病気やケガの場合は被保険者が受診した病院で保険金支払い対象の病気かどうかを確認し、病状の調査、保険加入時期と発症時期に被りがないかなどの調査をして報告書にまとめる。
肉体的にも精神的にもタフじゃないとやっていられない仕事だけど、不正を暴いたときはスカッとするし、事故被害者に感謝されると遣り甲斐を感じる。
だから私は体力の続く限り、保険調査員を続けたいと思っていたけど……。
「で? 俺に何か話があって、わざわざこんな山の中まで来たんだろ?」
元カレの修司は、私のことなら何でもお見通しだ。
「うん、ごめん。どうしても今日中に話しておきたくて」
よし、わかったとばかりに私に頷くと、修司は三角停止板を片付け始めた原田くんに手を上げた。
「原田! 俺の車で先に戻っててくれ。俺は黄菜子と帰るから」
「……了解です」
原田くんはチラッと私に意味あり気な視線を投げてきたけど、何も訊かずに修司から車のキーを受け取った。
私のせいで別れたのにいつまでも修司に頼って、身勝手な女だとでも思われているのかな。
私は愛車のドアを開けながら、小さくため息を溢した。
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