チャンキーヒールの女

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「そうだ、香典ありがとう」  助手席の修司に頭を下げてから、ゆっくり車をスタートさせる。  初ママから電話が来たとき、たまたま修司と一緒にいたから「俺の分も」とお金を預かったのだった。 「いや、俺は初ちゃんとの約束を果たせなかったから……」 「約束?」  修司が初と会ったのは一回だけ。2年前、私たちが別れる直前に、駅前でバッタリ会って一言二言話しただけだったと思うんだけど。 「初ちゃんに『お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします』って言われて、『任せといて。一生面倒みるから』って胸を叩いただろ? 俺」  あー、そんなこと言ってたっけねと苦笑いする。  はっきりプロポーズされたわけじゃなかったけど、あの頃は2人とも一生添い遂げるのはこの人だと思っていたのにね。  人生なにが起こるかわからないものだ。  バックミラーからダークブルーのセダンが消え、またしばらくはくねくねとした山道が続く。  沈みかけの夕日が眩しくて、私は頭上のサンバイザーを手前に倒した。  花房峠を少し降りたこの辺りで、昔、妻子を道連れに無理心中した男がいた。  だから、ここを通るときはいつも無口になってしまう。  自分1人で死ねばいいものを、どうして愛する妻といたいけな子どもまで殺してしまったのか。  自殺する人はそれほど追い詰められた精神状態なのだろうけど、妻子を道連れにして彼は楽になったのだろうか。  今までは身勝手な父親に殺された子どもがかわいそうだとしか考えなかったけど、初が自殺したと知ったせいか、父親に少しだけ同情する気持ちが湧いていた。  どんな理由があったとしても、無理心中は殺人だけど。  無言で車を走らせる私に、修司は何も言わない。  初の自殺のことやら何やら、いろいろ考えて頭がぐちゃぐちゃになっている今は、それが本当にありがたい。  いつでも無くしてから気づくんだ。その大切さに。  それは恋人でも家族でも仕事でも同じだろう。  私はまだ少し残っている迷いを振り払うように、首を小さく振った。  山から降りて道の駅の駐車場の隅に車を停めると、シートベルトを外した修司が「大丈夫か?」と尋ねてきた。  私はそんなに思い詰めた顔をしているのだろうか。  それはそうか。一大決心だもの。 「実は今日、辞表を出した」  さすがの修司もそんな話は予想だにしていなかったようで、「は!? なんで?」と大きく目をみはった。
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