18人が本棚に入れています
本棚に追加
それから娘は、学校が終わると校内で体験用レーサーの練習をするようになった。
高校の先生方も理解のある方が多く、興味津々に娘の様子を見に来てくれる。
時速で言えば10キロ前後だろうか。それでも、日常用の車椅子より全然速い。
学校で体験用を練習した後、今度は競技場へと向かって、陸連の皆さんと合流。
そして、本格的な練習を開始して、先輩のおじさん達におかしなところ、直した方がいい所を指摘してもらい修正していく。
そんな毎日が2週間ほど続いたある日。Kさんがポツリと言った。
「そろそろ、体験用を辞めてレーサーに乗ってみてもいいかもしれないね」
と。
聞けば、他にも体験希望者がいて体験用のレーサーが必要なのだと言う。
皆と同じレーサーに乗れる! と、娘は喜んだのも束の間、娘のレーサー探しは予想より困難だった。
レーサーは身体にぴったりと合うやつじゃないといけないらしい。
体幹が利かないという事は、身体が左右に振られてしまうという事だ。
骨盤がしっかりと固定されていないと、それが摩擦になって靴ズレのようなケガをしたり、すっぽりと抜け落ちて落車、もしくは転倒と言う事故に繋がってしまう。
娘は1年前まで健常者だった事、女の子だったこともあり周囲の人達より骨盤が少し大きい。
つまり、入るレーサーが中々見つからなかったのだ。
まずは、陸連の方達が乗っているレーサーに試乗させてもらって、大まかなサイズを確認。
渋い紫のレーサーに乗っているTさんのが一番ぴったりと当て嵌まった。
Tさんは元自衛隊の方で、倒木に巻き込まれて怪我をされた方で、レーサーに乗って5年目だと言っていた。
イケオジの言葉がぴったりと当て嵌まりそうなイケメンで、娘と同じ年の息子が居ると言う。
そのTさんのレーサーの座面と、座り口(腰のあたりに来る長さ)を測り、後日沢山レーサーが保管してあるところから合うものを探してくるから楽しみにしていて! と、言って貰えてとてもワクワクしたのを今でも覚えている。
ところが……
娘は骨盤は広いが腰が細く、条件の揃っている物を探すのは困難を極めた。
いっそ自分専用のレーサーを作ったらどうだろうか?と尋ねてみたら、
「Mちゃんは怪我をして間が無いから、多分これから足の筋力が落ちていってもっと細くなると思う。だから、せっかく買ってもすぐ作り直さないといけなくなるよ。レーサーって作るだけで軽自動車1台分はするから」
と言われ断念。
と、言うか軽1台! 流石にそれは気軽に買ってあげると言える金額ではない。
結局、ようやく娘にぴったりのレーサーが見つかったのは、初めて体験用に乗った日から3週間目のゴールデンウィークの事だった。
最初のコメントを投稿しよう!