新しい目標

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会社員が多い陸連は普段、仕事の終わった夕方6時以降から練習を始めることが多い。 その日はゴールデンウィークという事もあり、昼間から合同練習を行うことになっていた。 場所はなんと、娘がどうしても出たかった大会があったスタジアムの補助練習場! メイン競技場では無かったけれど、それでも競技場に戻って来れたのだと言う事実が娘にはとても嬉しい出来事だったようだ。 「久しぶりのタータン……やっぱり、いいな」 そう言って、感慨深げにトラックを眺める娘はやはりどこか嬉しそうだった。 「じゃぁ、Mちゃんこれに乗ってみようか」 Kさんに促され、与えられたレーサーに触れてみる。チタンで作られたシルバーのレーサーは、後ろに大きな車輪が2つと、前輪は小さな12インチほどのものが一つ。  体験用は三輪車のような形をしていたが、レーサーは前傾姿勢で漕げるように前に長く前輪が突き出している。 一度、以前娘を励ましに来てくれたT田さんが過去に乗っていたレーサーにも試乗させて貰ったが、尻がデカすぎて入らず断念。とても素敵なデザインのものだったが、全く入る気配が無かった。 後で聞いた話だが、娘に貸し出されたレーサーはシドニーパラの時に実際に男性の選手が使用していたものだと言う。 ただ、年数がかなり経っていて、前輪のスペアはもう製造中止なのでパンクさせたら一巻の終わりとの事。 レーサーは、椅子に座るような形の体験用とは違い、どちらかと言えば正座をして乗るようなイメージに近い。勿論、障害の度合いにもよって、体育座りが楽な人、椅子型じゃないと無理な人、色々なパターンがあるが、娘には正座型のレーサーが合うようだった。 周囲の先輩達の乗り方を見て、教えて貰いながら自分でレーサーに乗り込む娘。 昔から運動神経が良く、一度見たものは簡単にできてしまう。だが、やはり足に力が入らないと言うのは中々ネックだったようで2,3回失敗しながらもなんとか自力で乗り込むことが出来た。 転倒防止に自転車用のヘルメットを着け、薄手の軍手の上からグローブと言われるプラスチックに分厚いゴムを張った装具を貸して貰い、いざトラックへ。 実際に漕いでみた感想は、スピード感が全然違う。 2,3周トラックを周回し、戻って来るなり目をキラキラさせながら娘はそう言った。 スピードは12キロ前後だが、それでも乗っていて心地よい風を感じられるらしく、とても楽しそうだ。
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