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「Mちゃんが頑張ってるから俺らも負けてられないな」
そんな声がチラホラ聞かれるようになり、積極的に「レーサーに取りつけるメーターはコレがいいよ」とか、「漕ぎ方をこう変えたらいいんじゃないか」とか、メンバーの皆の方から話しかけてくれるようになっていく。
側で見ていて、私はそれが一番嬉しかった。
そんなある日、いつものトラックに団体の予約が入り、利用できなくてメインの競技場へと行く機会があった。
そこでは、ずっと会いたかったN尾さんが練習していて、娘の姿に気付くと嬉しそうに話しかけて来てくれる。
「お、いいじゃない。レーサー。似合ってるよ」
そう言って近づいて来たのは、一番最初に出会ったY本さんだった。
N尾さんの専属コーチとは、Y本さんの事だったのだ。
「どう? 調子は?」
「いやぁ、中々スピードに乗れなくてですね……」
「どら、漕いでるところを見せてごらん」
急遽だったがY本さんがN尾さんの練習を見るついでに直々に指導してくれることになった。
こんな凄いチャンスは滅多にない。戸惑いながらもレーサーに乗り込み、いつもやっているようにトラックを走る。
「おう、いいんじゃない? 粗削りだけど君はまだまだ伸びるよ。そうだ、3月の名古屋ウィメンズにチャレンジしてみたら?」
「!?」
全く寝耳に水の出来事だった。
名古屋ウィメンズマラソンは、車椅子は10キロのクオーターマラソンだが、国内でも限られた女子選手しか出られない狭き門だ。
出場資格に10キロ40分以内に完走できるもの。と言う制限もある。
当然、大分マラソンよりも条件が厳しい。
「今のままじゃ、出場出来るかわからないです」
「速くなりたいんだろう?」
「はい!」
その質問には力強く答える娘に、Y本さんはにっこりと笑った。
「なら、やってみなきゃ。大丈夫、君には素質がある」
その言葉に、娘は覚悟を決めたようだ。
練習終わりの帰り道、車の中で娘は言った。
「お母さん、私……名古屋にも出てみたい」
「そっか、じゃぁ大分では10キロ40分以内で走らんといかんね」
「うん……」
「私は、Mちゃんがどんな大会に出ても全力で応援するから」
「うん!」
こうして、娘は更なる高みを目指すこととなった。
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