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長かった梅雨も明け、ようやく練習できるようになった8月。大分マラソンに向けて坂道の練習が週に1回入るようになった。
トップアスリートレベルになると時速40キロは出ると言う坂道。スピードの出し過ぎによる事故も考えられるために練習は沢山しなくてはならない。
大分マラソンには大きな坂が3つあり、筋力が足りなかったり練習不足などで坂を上り切れずにリタイアするものも多いらしい。
普段練習している平地とは違いテクニックや経験がものを言う。
日中は暑すぎて体温調節が厳しい為、日が陰って来る夕方7時過ぎからの練習となる。
何度か練習を重ねるうちに、やはり上り坂がどうしてもネックになるという事に気付いた。
腕の力だけで自分の体重と、約10キロのレーサーを支え、勢いをつけて登りきらなくてはいけない。
どうしても勢いが足りずに失速し、時には止まってしまったり、ズルズルとバックしてしまう事が多々もあった。
このままでは時間内に完走出来るかも危うくなってくる。
このままじゃ駄目だ。何かを変えないと。
もっと、平地での速度を上げないと上り坂でのロスを挽回できない。
色々と試してみるものの、中々MAXスピードが上がらない。気持ちだけが焦っても仕方がない事はわかっていたが、何をどうしていいのかわからずに、時間ばかりが過ぎていく。
毎週の坂道練習には、Y本さんも参加している。
その為娘は、ある日意を決してY本さんの元へと向かうと、緊張した面持ちで言った。
「もっと速く走れるようになりたいので、指導していただけませんか?」
「……いいよ。じゃぁ毎週木曜日でいい?」
数秒の沈黙。娘の目をじっと見ていた車椅子陸上界のレジェンドは、意外にもあっさりと快諾してくれた。
こうして、週6日間の練習の内、火曜日と木曜日だけはY本さん宅へお邪魔してフォームの改善を行うことになった。
Y本さん曰く、フォームの改善は出来るだけ早い方がいい。との事。
変なクセが付いてしまってからでは、治すのが難しい。
陸上を始めてまだ3カ月足らずの娘はステップアップにちょうどいい時期だとY本さんが言う。
Y本さん宅での練習は、まずはダンベルを使用しての筋トレの仕方や、自分の体重を手で支えるプッシュアップと言ったウォーミングアップから始まり、レーサーに乗って室内用ローラーでの漕ぎ方のチェック。
更にカメラで撮影した映像を見ながら肘の角度や力の入れる位置などの確認、と修正。
そして負荷をかけての筋力アップトレーニングなどが主な内容で、実際に競技場での実践的な練習が始まったのは秋も深まりかけた10月半ばの事だった。
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