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大会まで残り一月を切ったある日曜日、この日は久しぶりに昼間に集合して競技場で練習することになっていた。
秋の陽のつるべ落としとはよく言ったもので、ここ最近練習する時は外灯の少ない競技場でレーサーにライトを点けて走っていることが多かったから、
昼の明るい時間帯に集まるのは久しぶりだ。
いつものように、コースをそれぞれのペースで周回していると唐突に後ろから男の人の声がした。
「Mちゃん、随分速くなりましたね」
ハッとして振り向くと、5月の練習会の時に出会ったK本さんが練習の様子を眺めていた。
「あの漕ぎ方。Y本さんでしょう? 習ってるの」
走っている娘を見ただけで、K本さんはそう言い当てる。
「はい。週に2回程教えていただいてます」
「やっぱり。そっくりですよ、走り方が」
そうなんだろうか? 私には違いなんて判らないが、一目見てわかるほどには似ているのだろう。
「今度、大分出るんですよね? だったらフォーメーションの練習もしておいた方が絶対にいいです」
そう言うと、K本さんは休憩に戻って来たみんなを集め、何やら練習の方法を説明し始めた。
「先ずは一列に並んで13キロのスピードからスタート。1周終わったら先頭の人は後ろについて、次の人が先頭に行く。一周ずつスピードを上げて行ってMAX17キロ目標で走ろうか。ハーフ目標だから52周で」
さらりととんでもない事を言いだす。 付いていけなくなったら勿論離脱していい。との事だったが、トラック52周はかなりエグイ。
K本さんって意外とスパルタなのでは!? と、思ってしまった。
でも、確かにハーフを走ろうと思ったらその位の距離を走りきる体力は必要なのかもしれない。
果たして娘はついていく事が出来るのだろうか? いや、その前に17キロのスピードが出るのか? 私が最後に確認した時は14キロくらいだったような気がするのだが。
ドキドキしならがら、その練習の様子を固唾を呑んで見守る。
Y本さんとの特訓の成果なのだろうか? 直ぐに離脱すると思われた娘は、意外な事に遅れることなくみんなの集団について走ることが出来ていた。
広いトラックの内側2コースを使って、レーサーが6台並んで爆走している姿は中々に圧巻だった。
「あぁ、ちょっと僕、もうリタイヤで……。流石に、このスピードにはついていけません」
最初に戻って来たのは頚椎損傷のK田君。15キロのペースについていく事が出来ずに戻ってきた。
まぁ、無理も無い。彼はみんなよりもずっと重い障害を負っている。15キロも出して一緒に走れている時点で超人的なスピードである。
「お疲れ様。K田君。でもすごい走りだったよ」
「はい。本当はもう少し頑張りたかったですけど、流石についていくのはしんどいですね。でも、悔しいなぁ。Mちゃんには負けないと思っていたのに……」
冗談めかして言いながら、少しだけ休憩するとK田君は再び練習へと戻って行った。
結局この日、娘はリタイヤすることなく平均17キロのスピードで、トラック52周を走り切った。
「いいねMちゃん。根性がある。行けるんじゃないですか? このスピードなら、名古屋」
走り切った娘を見て、K本さんは満足そうに笑っていた。
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