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「失礼いたしますっ」
僕は声をあげて暴れる群衆の中に手を突っ込んだ。
手の感触だけを頼りに蕎麦袋を一つ掴み取る。
やった!まずは一個目確保!
だがカゴに入れようと手を引くや、蕎麦袋が押し戻され、「あたしんのだよ!」と威嚇するような声が聞こえた。
「ど、どこのどなたか存じ上げませんが、先にこれに手を付けたのは僕です。手を放してください」
「いーや、あたしが先に手を付けてたんだよ!放すのはあんただよ」
「いーえあなたです」
「いーやあんただね!」
二つの手に握られた蕎麦袋を押しては引いての取り合い。
さっさと手放して別の袋を狙えばいいと冷静になればわかるのに、この狩りゲームは僕らのプライドを刺激し獰猛な猛獣にしてしまう作用でもあるのか、僕はこのそば袋を手放す気になれなかった。
狙ったものを横取りされるのは僕の性に合わない。
「これは僕のだっ!ああっ」
叫んだ途端、ものすごい力で蕎麦袋が引っ張られてしまった。
僕の対戦相手は相当な腕力の持ち主らしい。僕のそこそこ鍛えた筋肉が負けるなんて。
結局そば袋は奪われ、僕はその勢いのままテーブルの上に身を乗り出してしまう形になってしまった。
「ちょっといきなり入り込まないでよっ!」
「あんた何やってんのよ!」
「マナー違反よ!」
次から次へと叱責を浴び、燃え盛っていた僕の闘争心はシュンと縮まる。
「す、すみません」
思わず謝ってしまうと、「いいからどきな!」と肩を押され、僕が「あぁっ」と呻いてしまうや、よっぽどおかしな声でも出てしまったのか、参加者が揃って僕に顔を向けた。
蕎麦しか見ていなかった狩人の目が僕一点に集中しているので、自分が獲物にでもなったような気分がした。
これは総攻撃を食らうのでは…。ああ…なんて恐ろしい狩りゲームなんだこれは。
生唾を飲み込んだ、その刹那。
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