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「えっと、こちらは、仁科さんに」
「…え?」
脳内で坂本と書いた呪いの藁人形に釘を打とうとしていた僕だったが、紙の箱に収まった水色のガラスカップを目の前に差し出されたので一瞬まぬけな顔をしてしまった。
「これを…、僕にくださるんですか?」
「はい。仁科さんのソーセージのおかげでポイントが溜まりましたし。お礼もかねて」
「ふ…、藤子さんっ!」
歓喜のあまり僕は藤子さんの両手を包み込むようにしてそのカップを受け取った。
途端にほんのり頬を染める藤子さんのなんと可愛らしく、なんと健気なことか!ああ女神!いと女神!
坂本!ざまぁ!ペアの相手はこの僕だったぞ!僕はっ、僕は藤子さんに選ばれし男ぞ!
僕は脳内で坂本藁人形に向けて勝利者の舞を踊っていた。
「ありがとうございます、藤子さん。このペアカップは大事に使わせて…、ハッ!い、いえ、使うなんてもったいない。傷ひとつつかないように保管します。僕のコレクションのひとつに」
「コレクション?」
「あ、…いえ。カップのコレクション…を、してみるのもいいかなと」
「はあ。でも折角ですし、今夜その…、すき焼き食べる時に、一緒に使ってみるとか…どうですか?」
こころなしか藤子さんがもじもじしている気がする。
なんだこの可愛すぎる動作は!仕草は!どうしてそういう可愛い行動を僕が撮影器具を使えない時にするのですか藤子さん!
可愛さに悶絶しているのを悟られぬよう僕は顔の筋肉を無理矢理動かして笑顔を浮かべた。
「では、夕食の時に一緒に使いましょう」
「はいっ」
そうして僕と藤子さんはマイバッグと、それに入りきらなかったソーセージの袋をいくつかと、大事な大事なペアカップをそれぞれ持ってスーパーを後にした。
僕の心は満たされていた。
なんと幸せなショッピングだったのだろう。
こんな楽しくて心が躍る買い物は初めてだ。
愛おしい藤子さんが僕の隣にいる。僕の隣で歩いている。しかも、ぺ、ペアカップを持って歩いている…。
ああ…心臓が暴れている。
今この地球上で一番幸せなのは僕なんじゃないかって気がする。
藤子さん。僕はあなたが好きです。大好きです。
この気持ちを伝えたい。
伝えたら、藤子さんはどう思うだろうか。
嬉しいと思ってくれるだろうか。
だけどもしかすると、僕には気持ちを伝える資格すらないのではないだろうか。
今、この瞬間も、僕はあなたを騙しているのだから…。
幸福の端の方で覚えた罪悪感が痛んで、僕は憂いの混じった瞳をすっかり暗くなった道の先に向けた。
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