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なんだかむず痒い雰囲気になってしまったのを紛らわしたくて、私はお肉を切る作業に戻りながら、別の話題をふることにした。
「仁科さんって、普段からよく自炊するんですか?」
「普段は、スーパーかコンビニでお弁当とかを買うか宅配か外食って感じですが、たまに急に意欲が湧いて凝ったものを作る時もありますよ」
「へえ。最近は何か作りました?」
「最近は…、クリームシチューを」
思わず顔を上げたのは、また偶然が重なったからだ。
「奇遇ですね。実は私もつい最近つくったんですよ、クリームシチュー」
「そうなんですか」
「はい。その日はスーパーでエビがすごく安かったんですよ。だからクリームシチューに入れたら美味しいだろうなぁって食欲が湧いてつくったんです」
「僕も、エビを入れましたよ」
「えっ、うそ」
かなりピンポイントで被ったものだから、目を大きく広げてしまった。
仁科さんがどこか困ったような微笑を浮かべるから、大袈裟に驚いてしまったかと思って恥ずかしくなったけど、次には笑えてきて吹き出してしまう。
別に面白いから笑ったのではなくて、仁科さんと共通することがまた見つかったことが嬉しくて、乙女心がはしゃいでしまったのだ。
「どうしました?」
「いえ。なんか、不思議だなって」
「不思議?」
「私と仁科さんって、被ることが多いっていうか、似てる…っていうか。とにかく、同じものが好きだったりすることが多いから、面白いなぁって。偶然が重なりすぎてて、それがなんだか不思議で」
私にとっては、好きな人との共通点が増えているという嬉しい話なので満面の笑みで話してしまったけど、それを聞いていた仁科さんの表情が一瞬曇ったことに気づいてしまった。
やってしまったかも…と思った。もしかすると、今の言いかた、あつかましかった?図々しい?重たかった?
具体的に発言のどこがまずかったのか、自分でもわかならないのだけど、仁科さんを不快な気持ちにさせたのは間違いない気がする。
どうしよう…。
仁科さんは時々、ほんの一瞬、表情に影が差す。
所得が高いはずなのにこんな古いアパートに住んでいるのも何か訳があるらしいけど、私はその訳を知らない。
仁科さんの中に何か引っかかる悩みのようなものがあるのなら、私はそれを知りたいし、何か助けられることがあるのなら力になりたい。
だけど、親しくなっても仁科さんはそれを教えてくれる様子はない。
きっと私はまだ、心を開いてもいいそんな存在にはなっていないのだ。
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