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私の勘違いじゃなければ、その瞳には熱が籠っている。それとも、私がそう思いたいだけなのか。
脈拍の速さを痛いほど胸に感じながら、まるで緩やかな引力が働いているかのように顔を寄せ合う。
仁科さんの両眼は、私の瞳と私の唇を交互に移しながら距離を縮めてくる。
目を閉じようとした刹那、仁科さんが私の手を指で撫でた。
その感触で、この良い雰囲気でしかない状況が現実なんだと認識してしまった私は途端に焦り、パッと顔を離してしまった。
「す、すき焼き、食べないと!」
こんな甘い雰囲気の時にすき焼きなんていいじゃないかよと冷静になれば自分にツッコめるところだけど、私は冷静でいられなかった。
仁科さんもハッとしたように姿勢を正して、「そ、そうですね」と救急箱とボウルを端に寄せて、先ほど座っていた座卓の前に座り直す。
「しょ、処置ありがとうございました!」
「あ、いえ。とんでもないです」
「改めていただきましょうっ」
「はい。食べましょうっ」
お互い変にもたついた手つきで箸を掴み、ぎこちない空気を漂わせながら鍋の中の具材を選ぶ。
仁科さんは何を思っているのかわからないけど、私の頭の中は、今キスしかけたっ!?えっ、しかけた!?しかけたの!?わーっ!と恋するウブな私が暴れて、混乱していた。
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