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バス乗り場へと歩き出した北川の背中を見送りながら、愛理の心臓は心の動揺を表わすように早く動きつづけている。
やがて、北川の姿が見えなくなり、顧客を探すために到着ロビーの自動ドアへ振り返っても、まだ、心臓は早い脈動をくり返していた。
北川が、何のために東京へ来たのかわからない状態で、あれこれ考えても仕方ないとわかっているのに、考えずにはいられない。
滞在期間はどれぐらいなのか、仕事なのか観光なのか、それとも、もしかして、お店の顧客名簿を見て、電話をかけたということは、自分を探しに来たのかもしれない。
きちんとした別れも告げずに、ホテルの部屋から逃げ出してしまったのに……。
愛理は、気持ちを切り替えようと、両手で頬をパチンと挟んだ。
顔を上げて、顧客である田中の姿を探す。
田中は福岡で新居を準備中だ。そこに入れる家具を、インテリアコーディネーターの愛理は任されている。
ちょうど、到着ロビーの自動ドアから、カートの上に荷物をたくさん積んだ田中が、満面の笑みで愛理に手を振る。田中は、ざっくりと編み込みされた長い髪、グレーのフード付きロングワンピースに黒のレギンスを履いて、ゆったりスタイルだ。
「田中さま、お久しぶりです」
「中村ちゃ~ん、お迎えありがとうね。荷物いっぱいだったから、助かっちゃった」
福岡で仲良くなった同い年の田中に、親しみを込めて「中村ちゃん」と呼ばれている。博多の屋台ではしご酒をした仲だ。
しかし、愛理は離婚して中村から旧姓の蜂谷に戻った事を、どう切り出していいのかと、頬へ手をあて悩む。
新婚の田中に離婚したことを言うのは、気が引ける。当面、仕事上は中村のままで居させてもらおうと思った。
「あれ⁉ どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。お疲れになったでしょう。タクシー予約してありますので、ご案内致しますね。カートお預かりします」
田中よりカート預かろうと手を伸ばした。すると、愛理の顔を覗き込んだ田中が目を輝かせる。
「前に会ったときより、キレイになって何があったの?」
「えっ⁉」
もしかして、北川と居るところを見られたのかも……。
と気持ちが焦り、瞳を泳がせる。
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