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福岡空港発306便は、定刻通り羽田空港へ到着した。滑走路から駐機場へ機体はゆっくりと移動している。 北川賢一は、アッシュグレーに染めた髪を掻き上げ、小さな窓から晴れ渡る東京の空を眺めていた。そして、機体が止まると、スマホ設定の機内モードを解除する。そのスマホの電話帳アプリに入れた彼女の電話番号を眺め、細い息をついた。 勤め先の美容室、お客様名簿を私的に検索するなんて、コンプライアンスに抵触している。それなのに、どうしても我慢できずに、手に入れてしまった番号だ。 番号を手に入れた日に、勇気を出して掛けてみたが、呼び出し音が鳴るだけで繋がらなかった。   ──もしかしたら、迷惑なのかもしれない。  自分の31歳の誕生日を一緒に祝ってくれた。  彼女のつぶらな瞳が、時折さみしそうな影を落とし、何か事情があるのだと察しが付いた。そうでなければ、彼女のような人が、マッチングアプリを使うとも思えない。  それでも、優しい心遣いをみせてくれて、そのままの自分で居ていいといってくれた。お互いの足りないピースを補うように、ふたりで抱き合い熱い夜を過ごした。  柔らかな唇、そこから漏れる甘い声、滑らかな白い肌の温かみも忘れられずにいる。  朝、目覚めたらメモだけ残して、ホテルの部屋から消えた彼女の詳しい事情はわからない。  そのメモに残されたメッセージ。 『もしも、3度目の偶然があったら、運命だと思う』  その運命をつかまえようと、空港まで追いかけたけれど、彼女を見つけることは叶わなかった。  東京の友人から打診された仕事を受けてしまったのは、もしかしたら彼女に会えるかもしれない。と、仄かな期待を抱いてしまったからだ。未練がましい自分のヤバさを自覚していた。 もう一度だけ、かけて繋がらなかったら、あきらめた方がいいのかも知れない。 そう思いつつも遠く離れた福岡にいるより、東京へ来た今となっては、あきらめられる自信は無くなっている。  飛行機のハッチが開き、人の波が動き始めた。椅子から立ち上がり羽田空港ターミナルビルへと足を進めた。
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