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5 片時の欲望
「……糸井さん、どうかしました?」
「な、なにが?」
さすがに気づかれてしまったか、と真子は司との時間に集中しようとする。けれど彼が原因でぼーっとしているので結局は変わらなかった。
初めて身体を重ねた日以来、真子は司を見ることができなかった。
今まで気づかなかっただけか、ああいう時にだけなのかはわからないけれど、司のひとみは真子をひどく動揺させた。
今が仕事中だということも忘れ、司と一緒にいるとあの目を思い出してしまっていた。一度身体を重ねただけでしばらく反芻していられるほど若くはないというのに、しかも後輩に、翻弄されているなんて認めたくない。
「しばらく新プロジェクトも手伝うことになりましたので、すみませんがよろしくお願いします」
「了解、がんばってね」
「ありがとうございます」
司が、企画を提案したプロジェクトが動き出し始めて、さすがに企画を出した本人がまったく関わらないわけにはいかないということになったらしい。真子のチームの仕事サポートをしつつ他のチームではメインで動くため、忙しくなりそうなので教育係である真子に伝達事項を報告するため、二人でミーティングをしていた。
「伝達は以上になります」
「うん、わかった……っと」
腕時計を確認すると、予定よりも早く終わってしまった。もともと司にはチームでの補佐をやってもらっていたのでそこまで伝えることもなかったみたいだ。
「時間余りましたね」
「会議室の予約一時間とっちゃったからあと三十分もあるね」
早く終わったとしても会議室にいる理由はなくなったので真子が立ち上がると、司も立ち上がった。けれど出て行こうとする真子の手を掴む。
「……君島くん?」
見上げて、胸がどくんと鳴った。
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