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「ちょっと待ってよ!」
呼んでも振り返らない司はエレベーターに乗り込んでしまう。会議室のある二十階から降りてオフィスは十階。どうせ戻る場所は同じだ。拒否されているのかもしれないけれど、真子もエレベーターに乗り込む。
中には誰も乗っていなくて、二人きりのまま扉が閉まった。
「君島くんっ」
名前を呼んでも振り返らない。エレベーターのボタンの前でじっとしているだけだ。話を聞いてくれない態度にさすがに焦れた。
「この……こっち見てよ!」
「うわっ」
腕を強く引っ張り、強引に振り向かせる。司の驚く声を無視して、背伸びをした。
「ん」
真子へ傾いた司のくちびるへ、キスをした。勢いだけのものだったのでくちびるの位置が少しずれてしまって失敗した。
「……っ、糸井さん」
目を丸くした司と間近で見つめ合う。
「やっとこっち見た」
「……糸井さんが見るなって言ったんじゃないですか」
めずらしく慌てている。
「ごめん、でもさすがに寂しいよ」
「……っ!」
司の手が真子の後ろ頭を引き寄せる。ぶつかるようにくちびるが重なった。
「んんぅ」
すぐにねじ込まれた舌に、呼吸が苦しくなる。がっちりと頭と頬を固定されて、口の中を司の舌が這いまわる。こんなつもりはなかったのに、激しいキスに足と腰に力が入らなくなり、司へとしなだれかかる。それでも彼はキスをやめなかった。
舌の根を吸い、水音を立てる。口の端から唾液がこぼれ、ツウと司の舌が這う。ぞくぞくとして、スーツにしがみついた。
唇が離れても、真子はしばらく司に身をゆだねていた。落ち着いてきた頃ようやく正気に戻る。
ここは社内のエレベーターだ。誰も乗ってこなかったからいいものの、監視カメラはついているのでなにかのきっかけで誰かに見られてしまうかもしれないのに。
「なにするのっ」
「そっちこそ。あんな嫌がったくせに」
「……う。ごめんなさい」
キスをしたのは真子が先だということに気づき、うなだれる。それに、最初に拒否をしたのは真子のほうだ。自分を棚に上げてばかりで、なにをやっているんだろう。
「謝るってことはやっぱり」
「違うの! お願い。話す時間ちょうだい」
「……今日お願いします」
忙しいんじゃないの? と聞く隙間がないほど彼の目は真剣だった。
「わかった。あとでお店連絡するから」
「俺の家で」
「え?」
「では、失礼します」
「え、あっちょっと!」
エレベーターを降りて、先に行ってしまう。真子も慌てて降りようとするけれど、目の前で扉が閉まってしまう。慌てて階数ボタンを押して、二階下で降りた。
激しいキスに、まだ激しく胸が鳴り、しばらく止みそうになかった。
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