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2 ふたりきりの顔
「君島くん、お待たせ。ごめんね」
一時間ほど残業をしてビル一階の待ち合わせスペースへ向かうと、すでに司がソファに座って待っていた。司も残業をしていたはずだけど、いつの間に退勤していたのだろう。
「いえ」
真子をじっと見てから、立ち上がり背を向けて歩き出した。これは、ついて行ってもいいんだよね? と思いながら真子は彼を追いかける。
後ろから見る司はびしっと黒いスーツを着こなしていて清潔感に加えて真面目さが伝わってくる。無口なのはクールなのだというよりも、ただ不器用なのではないかと勝手に思っている。追いかけて隣に並ぶ。痩せ型だからかわからないけれど背が高くすらっとしているからさらにスーツが似合っているのだろう。
「どこ行こうか」
「店、予約しました」
「……ありがとう」
お礼を言うべきことなのかはわからないけれど、思わず口に出していた。
仕事以外の話をしたことがない相手と二人きりで食事をするのは、大人になった今ではめずらしいことではない。でも司には告白をされているから状況は少し違う。
「ここです」
「あ、うん」
特に会話をするわけでもなく、司についていくうちに目的地に到着したようだ。見上げるとそこは居酒屋などではなくレストランだった。しかも、少し高そうな店構えをしている。会社からは徒歩だったので近くにこんなレストランがあるなんて知らなかった。というか、こういうお店を探そうとはしていなかった。
今の会社に入ってから、真子はデートらしきことをしていなかったんだなと気づいてしまった。彼氏がいたのなんてとうの昔で、仕事が楽しくて恋愛モードにもなっていなかったからだ。
レストランのドアを開くと上品な男性が「いらっしゃいませ」と頭を下げる。司が名前を告げると奥へと通された。
「こんなところ、入ったことないよ」
司は無言のままだ。一気に、彼と二人きりで食事をすることに不安を覚えてしまった。
通されたのは窓際の席だ。高層階というわけではないので夜景は見えないにしても、庭園に手入れのされた花たちがライトアップされていて、うっとりとする光景だった。
メニューを手渡されると、フレンチのお店なのだと知る。でも、料理名を見てもなにがなんだかよくわからない。先輩として、先導しなければいけないと思いながらも困惑していた。
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