22人が本棚に入れています
本棚に追加
今の愛菜は蓮夜と話したことも蓮人と話したことも完全に頭から消えていた。 それだけハンカチの持ち主が蓮司だと分かったことが大きかった。
正直なところ、シェアハウスで生活して一番相性がよくないと思っていたのが蓮司だった。 それなのに今愛菜は必死で蓮司を捜している。
―――蓮司くん、自分の部屋にいるかな?
二階へ上がり部屋をノックしてみるが返事はない。
―――いない、どこだろう・・・?
愛菜が捜せるところは捜したはず。 玄関を見てみるも靴がなくなっているわけではない。
「蓮司くん! 蓮司くん、どこ!?」
呼びながら捜していると廊下に置いてあった蓮人の荷物に躓いてしまった。
「わッ・・・!」
そのまま転びそうになり咄嗟に目を瞑ったが、転ぶことはなかった。 代わりに湿り気を含む香りとほんのり温かな感触。
「え・・・?」
「大丈夫か?」
顔を上げるとそこには髪が濡れている蓮司がいた。 どうやらお風呂上りのようで転ぶ寸前に支えてくれたらしい。
「・・・愛菜? 本当に大丈夫か?」
「蓮司くん・・・ッ!」
愛菜の思い込み補正もあるだろうが、さり気ない優しさが10年前のレンちゃんとどこか重なったような気がした。
「毎回だけどこんなところに荷物を置いて危ないよな。 あとでまた蓮人に注意しないと」
「蓮司くん、あの」
「そう言えばさっきから俺のことを呼んでいたよな。 何? 急に俺が恋しくなっちゃった?」
「・・・」
ニヤリと楽しそうに笑っていた蓮司だったが潤んでいる愛菜の目を見て何かを察したようだ。 蓮司の視線は自然と愛菜の手元へ移る。
「それ・・・」
「これ、蓮司くんのだよね?」
しっかり向き直りハンカチを見せる。 蓮司は何も言うことはなく一緒に来ることを促すように歩き出した。
「俺の部屋へ来い」
蓮司の部屋へと招き入れてくれた。 愛菜を適当に座らせる。
「えっと・・・」
「懐かしいな、そのハンカチ」
「・・・ッ! じゃあ蓮司くんがレンちゃんなのね!?」
「俺たち三兄弟は皆レンちゃんだ。 でも愛菜の言う“レンちゃん”はきっと俺のことなんだろうな。 初めて愛菜と接した時、そう呼ばれた気がする」
蓮司がレンちゃんだと確信すると何故か涙が溢れてしまった。 それを見て楽しそうに蓮司が笑う。
「さっきまで泣いたような形跡があったのにまだ泣くのか?」
「だってずっとレンちゃんに会いたかったんだもん・・・! レンちゃんと再会できることを信じてずっとハンカチは肌身離さず持っていた」
「そこまでされると気恥ずかしいな」
「蓮司くんはあの時の私だって気付かなかったんだよね?」
「・・・いや、気付いていたよ」
「え? だって今朝聞いた時は私の名前に心当たりはないって」
「あれは嘘だ。 俺はこれでもこの家のオーナーだよ? 愛菜が入居手続きをしてくれた時には気付いたって」
「そんな前から!? ・・・え、どうして心当たりはないって嘘をついたの?」
尋ねると蓮司は先刻見たような切な気な表情をまた浮かべた。
「言えるわけないだろ。 ・・・あの時の地味な俺と今の俺が同一人物だなんて」
「どうして!? 昔も今もレンちゃんはレンちゃんじゃん!!」
「複雑な気分だな。 俺がやってきた自分を変えようとしたことは無意味だったっていうのか?」
「違うよ! 見た目や雰囲気が変わってもレンちゃんの優しさは昔から変わらない。 努力して兄弟を支えてきたこと、素直に尊敬する。 だけど、やっぱりレンちゃんはレンちゃんなんだよ」
「・・・」
「だからもっと自分に自信を持って? 昔のレンちゃんもとても素敵な人だったんだよ」
「昔の俺が素敵・・・・」
「私がずっと想っていたレンちゃんなんだからそんなこと言わないで」
「・・・ずっと想っていた、って何だよ。 まるでずっと恋していたみたいな言い方」
「その通りなの」
「はぁ? 蓮夜と蓮人の気持ちはどうすんだよ」
「二人の気持ちは嬉しいと思うけど、同様に私にだってずっと抱えてきた想いがある。 レンちゃんが蓮司くんだと分かった瞬間、二人のことを忘れて蓮司くんを捜していた。
過去に縛られているって思われるのかもしれない。 自分を変えようと努力してきた蓮司くんと、変わらない過去を想い続けてきた私。 滑稽に思えるかもしれないけれど、この気持ちに嘘はないから!」
「・・・」
「私は蓮司くんが好き。 これが私の答えだよ」
「・・・本気?」
「本気。 蓮司くんが私のこと好きっていうのは? あの言葉はただの冗談だった?」
「・・・俺は・・・」
最初のコメントを投稿しよう!