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買い忘れていたプリンの材料や気になった特売品などを少々買い、再びシェアハウスへ戻った愛菜はキッチンへ行こうとした。 そこでリビングの方から声が聞こえ思わず立ち止まってしまう。
別に言い争っていたり聞いてはいけない会話が聞こえたわけではない。 ただ愛菜にとって三人が集まっているのが珍しかったのだ。
―――私のいないところでは三人で仲よくしているんだ。
こっそり様子を窺うと三人は各々くつろぎながら談笑していた。
―――蓮人くんがここにいるのって何か珍しい。
―――大きな声で笑ったりはしないけど、ああいう風に楽しそうにしたりはするんだ・・・。
―――そりゃあ兄弟だからそうだよね。
自分には最近プリンで打ち解けてきたのだと思っていた。 だが普段は何となく誰にでもつんけんしていると思っていた。
―――折角三人が水入らずで話している状態だからとても入りにくい・・・。
―――って、あれ?
様子を窺っていると蓮司がふと視線をそらし切なそうな表情をした。
―――・・・何だろう、今の違和感。
―――蓮司くんがいつもしない表情だったから?
考えているとうっかり袋を落としてしまった。 三人はその音で愛菜に気付く。
「愛菜ちゃん! もしかして一人で買い足しに行ってたの!?」
第一声を上げたのは立ち上がった蓮夜だった。
「うん、買い忘れたものがあってね」
「あれ程僕を誘ってって言ったのに・・・」
「これはプリンの材料だし完全に趣味のもので軽かったから・・・」
「何だよ、愛菜。 俺たちの会話を盗み聞きか?」
先程の切ない表情からいつも通りに蓮司は戻っていた。
「別に盗み聞きはしていないけど、聞こえただけ! 今帰ってきたばかりだし!!」
「どうだかな。 つか、また俺に対しては怒るのかよ」
「蓮司兄さんがそういう態度だからでしょ」
蓮夜がフォローしてくれた。 その間に蓮人は逃げるようにしてここからいなくなっていた。
「あれ、蓮人くん!?」
「相変わらず蓮人は愛菜ちゃんといるのに慣れないね。 愛菜ちゃんは気にしないで」
蓮夜はそう言うと蓮人の後を追いかけていった。
「いつまでそこに突っ立ってんの?」
「別に突っ立っているわけじゃないよ。 声をかけられたから立ち止まってたの!」
「それを突っ立ってるって言うんだろ・・・」
「話を聞いたのは悪かったよ。 でも安心して? 内容は全く聞こえていなくて、本当に今帰ってきたところだったから」
「いや、俺も嫌な言い方をして悪かった。 それ片付けるんだろ? 場所言ってくれたら仕舞うぞ」
「ありがとう。 でもすぐに終わるから座って待ってて」
キッチンへ入り買ったものを冷蔵庫へ移していく。 その時ふと蓮司を見るとそっぽを向いて難しそうな表情をしていた。
「・・・蓮司くん、何かあったの?」
「ん? 何かって? この俺が考え事をしているとでも?」
今は余裕そうな笑みを浮かべている。
「うん。 さっきからいつもの蓮司くんとは違うっていうか・・・。 辛い時は無理に笑わなくてもいいんだよ?」
そう言うと蓮司は視線をそらし苦笑を浮かべた。
「・・・母親とは正反対のことを言うんだな」
「え?」
「俺だって無理に笑いたくないさ。 無理に明るく振る舞いたくもない。 ・・・でもこうしていないと怒られるんだ」
「誰に?」
「・・・母親に」
「じゃあ昔はもっと違った感じの子だったの?」
問うと蓮司は頬杖をして昔を思い出すように言った。
「あぁ。 昔は弱気でずっと消極的だった。 だけど『アンタは一番上なんだからアンタがしっかりしないと駄目でしょ。 その消極的な思考を今すぐに止めなさい!』って」
「そうだったの・・・。 てっきり素の性格なのかと思ってた」
「無理しているのは否めないな。 といっても、ずっとこうしていたらこれが当たり前になって、今も母親の言葉に縛られているだけなのかもしれないけどな」
愛菜は一度冷蔵庫を閉め蓮司と向き合った。
「十分蓮司くんは頑張ったよ。 蓮夜くんと蓮人くんも蓮司くんの変化に気付いているんじゃない?」
「まぁ、そうだろうな。 意図的に変えようと思って変えたんだから」
「だったらもう大丈夫だよ。 二人も蓮司くんのことを慕っていると思うし、十分お兄ちゃんらしいことはしているよ。 だからもう私たちの前では無理をしないで?」
そう言うと蓮司は複雑そうな表情を浮かべたが、肩の荷を下ろしたかのように軽く笑った。
「・・・愛菜、ありがとな」
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