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愛菜は自室へ戻り気を紛らわせようと机へ向かう。 参考書を開いてみるものの文字が全く頭に入ってこない。
だからといってだらけるような気分にもなれず、もどかしい気持ちのぶつけどころが見つからない。
―――あー、もう駄目だ!
―――勉強なんて全ッ然集中できない!!
やはり脳裏を過るのは先程の蓮人の宣言だ。 いや、あれは宣言なんて生易しいものではない。 彼が言っていたように文字通り宣戦布告だった。
その対象が自分でそれがシェアハウスの住人だなんて、平凡な日常を送ってきた愛菜の処理できるレベルではなかった。
―――・・・やっぱりジッとしているのもあれだし風にでも当たりに行こうかな。
愛菜は気持ちが落ち着かず再び一階へ下りた。 何故か抜き足差し足で。
―――誰もいないよね・・・?
リビングに誰もいないことを確認するとベランダへ向かう。 チラリと確認し誰もいないことが分かると窓を身体が入るギリギリだけ開けて外へ出る。
「ふぅ。 風が気持ちいい・・・」
冷たい風が気持ちを落ち着かせてくれる。 しかし、冷静になったからといって先程の言葉に答えを出せるわけもない。
―――誰を選ぶ、か・・・。
―――もし三人の中から今絶対に誰かを選ばないといけないっていうなら蓮夜くんになってしまいそうなんだけど・・・。
―――それでいいのかな・・・?
―――私は蓮夜くんとお付き合いしたいのかな・・・。
―――別に嫌いっていうわけじゃないけど、そういうわけでもない気がする。
「愛菜ちゃん?」
声が聞こえ咄嗟に振り返るとそこには蓮夜がいた。
「れ、蓮夜くん!?」
「どうしたの? 危ないよ、夜に外で一人でいるなんて」
―――心配してくれるのは有難いけど、どうして夜に一人でベランダへ出ることになったのか考えてほしい・・・!
「ベランダだから危ないことは起きないよ。 流石に敷地内で何か起こるとは思えないし」
「それでも心配だから駄目」
そう言って蓮夜は愛菜の腕を掴み中へ入るよう促してきた。 だが愛菜はそれに抗った。
「・・・愛菜ちゃん?」
「蓮夜くんはどうしたの? リビングに用事でも?」
「ううん。 愛菜ちゃんに話があって探してた」
「話?」
「さっき中へ入るよう言ったばかりだけど・・・。 隣、いいかな?」
二人はベランダに腰を掛けた。 少しの沈黙の後蓮夜が言う。
「愛菜ちゃんに謝らないといけないことがあるんだ」
「うん? 謝る?」
「本当は昔愛菜ちゃんが出会ったっていう“レンちゃん”は僕じゃない。 ・・・嘘をついてごめん」
「え・・・」
その言葉に蓮夜を見た。 蓮夜は切ない表情で遠くを見据えている。
―――レンちゃんは蓮夜くんじゃない・・・!?
―――・・・え、でも、じゃあ誰が・・・?
言葉が出なかった。
「どうしても愛菜ちゃんを僕のものにしたくて咄嗟に嘘をついたんだ。 ・・・本当にごめん」
「ッ・・・」
「それくらい愛菜ちゃんを想う僕の気持ちは強いっていうことだから」
自然と涙が溢れてきた。 嘘をつかれていたことも当然だが“レンちゃん”が蓮夜ではなかったということもショックだった。
―――蓮夜くんが、そんな・・・。
自分のことが好きだったとして好かれたいと思う気持ちで嘘をついたのは何となく理解できる。 ただ蓮夜が思い出の人ではないと分かったことで急速に感情が冷めていった。
シェアハウスで生活してきて蓮夜に最も好意的な印象を抱いていたのは事実だ。 もしこの嘘を告白しなければ蓮夜を選んでいた可能性もあった。
だが愛菜にとって好きなのは初恋だったあの“レンちゃん”なのだ。 優しくて思いやりのある蓮夜ではないのだ。
「・・・ごめんなさい」
「・・・」
「私は蓮夜くんを選ぶことはできません。 過去に縛られているって思われるかもしれないけど、私が好きなのはあの時の“レンちゃん”だから」
震える声でそう言うと蓮夜は小さく頷いた。
「・・・うん。 返事をくれてありがとう」
そう言う蓮夜の目にも涙が浮かんでいた。
「蓮人に宣戦布告された以上正々堂々と戦わないといけないと思ったんだ。 だから嘘を告白した」
「・・・そっか」
「その結果愛菜ちゃんを悲しませてしまうことになった。 僕は振られて当然だ。 こんな僕が愛菜ちゃんのパートナーになってはならない」
そう言うと蓮夜は真っすぐに愛菜を見据えた。
「きっと愛菜ちゃんは僕よりもっと相応しい人と結ばれるはずだよ」
その言葉に頷いた。
「でも一つだけ聞かせてほしいんだ。 もし僕が嘘を告白せず“レンちゃん”のままだったなら愛菜ちゃんは僕を選んでくれていたかな?」
「それは・・・」
「ズルい質問だったね。 答えなくていいよ。 ごめんね、そして、ありがとう」
蓮夜はそう言うと愛菜を置いて家の中へと入っていった。
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