三つ子のシェアハウス

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三つ子のシェアハウス

鍋からのコトコト音を聞きながら、包丁を小気味よく叩いた。 スライスしたキュウリを皿に盛り付けこれで完成だ。 愛菜(アイナ)がカーテンを開けると太陽がすっかり顔を出していた。 ―――もうここへ来て一ヶ月が経つのか。 ―――早いなぁ。 広過ぎるリビングとダイニング。 テーブルの上にはお店で出しても恥ずかしくないような出来栄えの4人分の朝食が並んでいる。 香ばしいトーストに湯気の立ち昇るコンソメスープ。 ハムエッグと新鮮な野菜を使ったサラダ。 四角く斬られたバターにはナイフを添え、これらどれもこれも愛菜が用意したもの。 ―――最初は慣れない三人だったけど今は随分と仲よくなった。 ―――今はこの関係が心地いい。 ポケットの上からちゃんとアレがあるのかを確かめる。 愛菜は家族ではない同居人を待つ間、ふと一ヶ月前のことを思い出していた。 高校一年生の愛菜は家族の元を離れ一人大きな家の前に立っていた。 ここはシェアハウスで、これからお世話になることが決まっている。 ―――以前いた時から考えると大体10年ぶりになるのかぁ・・・。 ―――一人暮らしは初めてだし不安も多いけど将来の夢のために頑張ろう! 愛菜は小さい頃この地域に住んでいたが、親の事情で引っ越すことになってしまった。 しばらくを別天地で過ごし、高校受験の際自分が入りたかった“料理部”のある学校を探した結果、以前住んでいたこの地域の学校を見つけた。 愛菜にはパティシエになりたいという夢がある。 そこの学校はお菓子作りもやってくれるため将来に役立つと思ったのだ。 夢のため愛菜は一人でこの地へと戻ってきた。 当然、一人でお金を工面することはできないため親からの援助はある。 それでもやはり一人は不安なものだ。 ―――お金は少しでも節約するために学校近くのシェアハウスに決めた。 ―――時間がなかったし安いっていうだけで内見もしていない。 ―――それでも何とかなるはずだと思っているのは少し楽観的なのかも。 ―――それでも今日から頑張ろう! ―――それと・・・。 愛菜はバッグの中から水色のハンカチを取り出した。 ―――このハンカチの持ち主。 ―――・・・レンちゃんにも再会できたらいいな。 愛菜は小学校の頃運動音痴で体育の授業になる度周りにからかわれていた。 毎回嫌だなと思いながら授業に参加、マラソンでクラスメイトに大きく差をつけられ嫌々走っていたためか派手に転んでしまう。 それに駆け寄ってきて愛菜に手を差し伸べてくれた物静かな男子が一人いた。 それがレンちゃんだ。 その時に貸してくれたハンカチを返せずお礼もちゃんと言えないまま愛菜は引っ越してしまった。 その時のことがなければ今の愛菜はいなかったのかもしれない。 今度こそ正面からお礼をしてハンカチを返したい。 それだけがずっと心に引っかかっていた。 ―――レンちゃんにまた会えるなんてそんな偶然起きるのかな? 「邪魔なんだけど」 シェアハウスの前で突っ立っていたからか、突然背後から声がかかった。 「あ、ごめんなさい!」 慌てて道を開けると一人の青年がシェアハウスへと入っていった。 普通に考えればシェアハウスの同居人だろう。 「あ、あの! もしかしてここに住んでいる方ですか?」 尋ねると青年は立ち止まって振り返った。 何となく表情や雰囲気から哀愁が漂ってくる。 「・・・だったら何?」 「初めまして、愛菜と言います! 今日からお世話になります! よろしくお願いします!!」 「ふぅん、新しい人ね。 ・・・別に俺はアンタと仲よくしたいとは思ってないから」 「え・・・」 彼はそれだけを言って建物へと入っていった。 呆然としているとまたもや背後から声が聞こえる。 「あーあ。 蓮人(レント)、駄目だよ? 新人の子には優しくしなきゃ」 ―――蓮人? ―――蓮人ってもしかして・・・。 レンという言葉に引っかかりを憶えている間に、もう一人の青年が姿を現したため咄嗟に自己紹介した。 「あ、初めまして!! 私の名前は」 「愛菜ちゃん、だよね?」 「え、どうして名前・・・」 「さっき大きな声で自己紹介しているの聞こえちゃった」 「あ・・・!」 彼はどこか楽しそうで笑顔を絶やさない。 ただ驚くべことに先程入っていった蓮人と呼ばれた青年と顔が全く同じだった。 髪型や服装が全然違うため同一人物とは思わないが、もしそれが同じなら人が瞬間移動したように思っただろう。 「元気があって可愛いね。 僕は蓮夜(レンヤ)」 「蓮夜、さん・・・」 ―――名前も似ているし、さっきの人と双子かな。 ―――何か雰囲気が大分違う。 ―――顔はこんなにも似ているのに、性格は全然違うなんてことがあるのかな。 “レン”が名前につく人なんて探せばいくらでもいる。 ただ新たな生活を始めようという日に二人も出会ったのは、とても偶然とは思えなかった。 「とりあえず中に入ろうか」 「はい・・・」 促され建物の扉を開けると蓮人ともう一人の青年が立っていた。 一番背の高い彼は愛菜を見て嬉しそうにニヤリと笑う。 同時に愛菜は蓮夜をチラリと見た。 間違いなく彼はそこにいる。 ―――とすると、双子ではなくて・・・? 「ようやく来たか。 ようこそ、俺たち三つ子のシェアハウスへ」 「やっぱり三つ子さんなんですね・・・」 「俺の名前は蓮司(レンジ)。 愛菜とはみんな同い年だから敬語はいらないぞ」 ―――こっちもまた蓮!? レンのこともやはり気になるが今はそれ以上に尋ねたいことがあった。 「あの、三つ子のシェアハウスってどういうことですか・・・?」 「管理人は俺たち。 まぁ弟二人は何もしないから実質俺一人が管理しているみたいなものだけど。 ちなみに蓮夜が次男で蓮人が三男な」 「他の入居者は・・・?」 「いないよ? 俺たちが適当に管理する家に誰が住みたいと思う?」 「適当に、って・・・」 それを聞いて愛菜は目を見開いた。 家も広くて綺麗だし家賃も安い。 ただどう考えても厄介事の匂いしかしない。 「私、ちょっと入居を考えさせてもらいます!!」 「ちょっと待ちなって。 いい条件があるんだ」 立ち去ろうとするがその言葉が気になり立ち止まった。 「・・・条件、ですか?」 「愛菜は金がないからここへ来てくれたんだろ?」 「まぁ、そのつもりでしたけど・・・」 「愛菜は料理を作れるか?」 自分の得意とする料理という言葉に反応してしまう。 「一応・・・」 「だったら俺たち三人分の食事を毎日作ってくれ。 そしたら家賃をタダにしてあげる」 「た、タダ!?」 「さぁ、どうする?」 タダという言葉を聞けば既に答えは出ていた。 男しかいない家に女性が一人だけ住むなど怖くて仕方がないが、お金に困っているのは事実なのだ。 それに得意な料理を条件に出されればたくさん練習もできるため断る理由もない。 「食費は別にもらえるっていうことでいいんですよね?」 「もちろん、実費で払わせてもらうよ。 幸いお金には困っていないんでね。 愛菜の好きなものを好きに作ってくれればいい」 その言葉は愛菜の想像以上に魅力的だった。 料理の練習は非常にお金がかかる。 それを自由にやらせてくれて、家賃も無料だというのだから。 「ここに住まわせてくださいッ!!」 そう言うと蓮司は嬉しそうに笑った。 「じゃあ決まりだ。 これからよろしくな、愛菜」 こうして性格が全く違う三つ子との共同生活が始まった。 お手洗いを借りてリビングへ戻ると蓮司たちは既に談笑を始めていた。 初めての思ってもみなかった共同生活にドキドキと胸を高鳴らせながら、愛菜はもう一つ気になっていたこと確かめようと思った。 ―――そんなに都合のいいことなんて起きるはずがないよね。 できれば手っ取り早く確認したいと思い、勇気を出して名前を呼んでみた。 「れ、レンちゃんッ!!」 「「「?」」」 すると三人は一斉に振り返った。 ―――え、まさかの三人が同時に振り向く!? そして蓮人が鋭い目をしながら冷たく言い放った。 「突然脈絡なさ過ぎるだろ。 アンタ、頭おかしいのか?」 「あ、あぁ、ごめんね! もう呼ばないから・・・。 試しに呼んでみただけ・・・」 気まずくなって縮こまる。 その時蓮司が言った。 「そんなこと言うなよ、蓮人。 それより懐かしいと思わないか? その呼び名」 「・・・え?」 「そうだね。 小さい頃そう呼ばれていたっけ」 蓮司に続けて蓮夜も言う。 その言葉に愛菜は乗っかった。 「え、それってどういう・・・。 あの、三人の小さい頃の呼び名は・・・?」 そう尋ねると蓮司が楽しそうに笑いながら蓮人に声をかけた。 「蓮人、答えてあげろよ」 「は? どうして俺が・・・」 「コミュニケーション取れないとかコミュ障なのか? 蓮人は」 「違うし! 小さい頃の呼び名は“レンちゃん”だけど別に普通だろ!!」 不満気に蓮人が答えた。 ―――レンちゃんが三人!? ―――いやでも、私が小さい頃に出会ったレンちゃんは確かに一人だったはず・・・! 「その呼び名がどうした?」 「あ、ううん。 何でもないの」 ―――ま、まぁここにいない可能性の方が高いけど一人ずつ少し聞いてみる価値はあるかな・・・? だがそれから一ヶ月経つも結局まだ本当のことは聞けずにいる。 これが三つ子との出会いだった。
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