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窓際のハーデンベルギア
「愛茉ちゃんかぁ。顔だけじゃなくて、名前も可愛いじゃん」
当たり前でしょう。だって私は、可愛いって言われるために生まれてきたんだから。
でも、そんな態度をしていたら印象が悪い。だからニッコリ笑って、こう答えるの。
「ありがとうございます。両親に感謝ですね」
私が可愛いのは誰が見ても分かることだから、謙遜しても嫌味なだけ。こうして、お礼を言うのが一番。そして親への感謝もセットにして、さらに好感度アップ。きっと、これが正解のはずよね。
今日は大学生になって、初めての合コン。女子大という女だらけの大学生活の中で、異性と出会う貴重なチャンスだから、下手な失敗は絶対にしない。
だって私は、生まれ変わるんだから。そのために、地元を離れて上京してきたんだもん。
「いやーほんと、マジで可愛いね愛茉ちゃん。本当に彼氏いないの?」
それにしても、この人は「可愛い」以外の言葉を知らないのかな。さっきからそればかりで、正直うんざり。愛想笑いが引きつりそう。
「いませんよ~。好きな人には彼女がいたりしたから、いままでなかなか縁がなくて。でも大学生になったら彼氏が欲しいなぁって思って、オシャレとかいろいろ頑張ってみているんです」
「大学デビューってやつ? でも、高校の時も目立っていたんじゃないの~?」
「そんなことないですよ。メガネをかけていたし、地味だったから……」
「メガネ姿も可愛かったんだろうなぁ。俺なら絶対、ほっとかないのに」
適度にピュアで、適度に積極的。きっと、このぐらいがちょうどいいはず。あざとすぎるのも嫌われるでしょ。
合コン相手は、有名私立大学の3年生。おそらく、自分が優位に立ちたい人たちだと思う。だから私は、少しだけバカなフリもしてみるの。あまり露骨だといけないから、さりげなくね。
敵は作りたくないし、もちろん女子にも配慮はする。自分ばかりが目立たないように、それとなくみんなに話題を振って。出しゃばらず、調子に乗らず。あちこちに神経を使うのは、少し疲れるけどね。
今日の合コンは4対4で、男女混合の席順。最初は全員でワイワイ喋っていたけれど、時間が経つにつれ、それぞれ隣の異性との会話が中心になってきた。
でも私の隣にいる人は、ちょっと軽そうで嫌なのよね。私のことを可愛いって言うだけで、なんの中身もない話ばっかりだし、適当に返事をするのも面倒になってきた。
「じゃあ、そろそろ席替えしよー!」
幹事の言葉が、天の声みたいに聞こえた。やっと、この退屈な人から解放される。
女性陣の席はそのままで、男性陣がコップやお皿を持って動き出した。席替えをしない合コンもあるみたいだけど、今日はありで本当によかった……。
「ほら桔平、動けって。お前は、あっち」
私と対角線上に座っていた人が、促されて面倒くさそうに席を立ち、私の隣にドカッと座った。
バニラのような甘い匂いが、ふわりと鼻腔をくすぐる。なんの香りだろう。
「姫野愛茉です」
「最初に聞いたよ」
この私がニッコリ笑って挨拶したというのに、その人は表情を動かさず、こっちを一瞥しただけ。そして私の存在を無視するように、自分の取り皿に料理を盛って食べ始める。
……なんなのよ、この人。
「ごめんなさい。私、記憶力が悪いから、もう一度お名前教えてもらえますか?」
負けじと満面の笑みで食らいついてみる。
「浅尾桔平」
こっちを見もせず、ぶっきらぼうな言い方だった。
さっきの軽い男と違って、あまり……ううん、まったく愛想がない。でも耳障りのいい程よい低音の声はかなりイケボで、結構好み。服装は個性的だけど……迷彩柄って、こんなに派手だっけ?
「浅尾さんですね。桔平さんって呼んだ方がいいですか?」
「どっちでも」
やっぱり、浅尾さんはこっちを見ない。間に分厚い壁を感じる……。
目つきが鋭いしガタイが良いから少し怖い印象だけど、今回のメンバーの中で浅尾さんが一番整った顔をしている。
他の三人とは異質というか、ひとりだけ雰囲気がまったく違う。なんていうか、色気がやばい。
でも席替え前もあまり喋ってなさそうだったし、そこまで楽しそうに見えないし、この人はどうしてこの場にいるのかしら。
「浅尾さん、あんまり楽しくないですか?」
「何が?」
「この合コン」
「いや、別に?」
「でも、喋らないし……」
「ああ、飯が美味くてさ。朝から何も食ってなかったもんで」
そう言って少し微笑んだ顔に、思わずドキッとしてしまった。
「そっちは、あんまり食ってないんじゃない。せっかく金出してんだから、食わないともったいないよ」
「最初に結構食べすぎちゃったから」
「そう?ならいいけど」
あ、優しい目だ。よく見ると瞳の色はグレーで、吸い込まれそうなほど綺麗。カラコンかな。
もしかすると、怖そうに見えるのは黙っている時だけなのかも。
でもこれだけで、ちょっといいなぁなんて思ったらいけないよね。軽くて容易い女にはなりたくないし。もっとしっかり見極めないと。
「浅尾さんも、彼女いないんですか?」
「いないよ。いるのにここに来たらダメだろ」
「でも、前はいたんでしょ?」
箸を動かす浅尾さんの手が、ぴたりと止まる。そして軽く眉根を寄せて私を見た。
「それ、いま訊きたいことなの?」
また鋭い目つきに戻ってしまったのを見て、一気に背中が冷える。やっぱり怖い、この人。
「合コンって、新しい出会いが目的なわけだろ。その場で、過去の女のこと知りたいわけ?」
しまった。間違えた。昔の彼女のことを気にする、重い女って思われたかもしれない。
「あ、浅尾さん、かっこいいからモテそうだなって思っただけで。気を悪くしたのなら、ごめんなさい」
焦りを隠しながら私が言うと、なぜか浅尾さんは黙ってじっと見つめてきた。その眼から、感情は読み取れない。
なに? 私、また間違った? かっこいいって言われて、嬉しくないわけないよね? しかも私みたいな可愛い子に。
ていうか、どうしてそんな真っすぐに人を見ることができるの?自分に自信があるの?
顔を逸らしたかったけれど、まるで金縛りにあったように浅尾さんから目が離せなくなってしまった。
「愛茉ちゃんだっけ」
ふいに、浅尾さんの表情が柔らかくなる。
「疲れない?」
「え? だ、大丈夫ですよ。初めての合コンだから少し緊張してたけど、楽しいです」
「そう? オレは疲れたんだけどさ。別のとこ、行かね?」
まったく表情を変えずに、少し顔を寄せて浅尾さんが言った。近くで響くその声は、妙に艶めかしい。そして微かな甘い香りに、一瞬眩暈がしてしまった。
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