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「どんな絵を描くの?油絵とか?」
「一応、日本画専攻」
これはちょっと意外。浅尾さんって、なんていうか全体的にアバンギャルドな雰囲気なのに。
今日のファッションだって一歩間違えれば奇抜と言えなくもないけれど……いや、どう見ても奇抜なんだけど、浅尾さんは不思議と似合っているのよね。スタイルが良いし、街を歩いているだけで絵になりそう。
でも日本画を描いているようには、まったく見えない。
「すげぇ意外って顔してる」
「う、うん。めちゃくちゃ意外」
「父親が日本画家だったんだよ。子供の頃に死んだから、あんま覚えてねぇけどさ。それでも父親の絵が好きで、真似してずっと描いてたらこうなったってわけ」
そう話す浅尾さんの顔は、すごく穏やかで。本当に絵が好きなんだなって感じる。というより、お父さんのことが大好きなのかな。
初めて浅尾さんの内面に触れて、なんだか嬉しくなった。
「私、芸術方面はさっぱりなんだけど……ネットで検索したら、お父さんの絵って出てくる?」
「出てくるよ。“浅尾瑛士”で検索したら。王偏に英語の英と、武士の士ね」
言われた通りスマホで検索すると、どこかノスタルジックな雰囲気の絵がたくさん出てきた。
思わず目を奪われてしまうほど、綺麗で優しい作品ばかり。その中のひとつに、浅尾さんがLINEのアイコンに設定している風景画があった。
そっか。あれはお父さんの絵だったんだ。なんだか、心がじわっと温かくなった。
「すごく綺麗。ごめん、私の語彙力では表現できないんだけど。なんだか優しい感じがする絵だね」
私が言うと、浅尾さんは今まで私が見た中で一番優しい顔をして笑った。そんな表情を見たら、さすがに胸の奥がキュッとなる。
検索結果には、ご本人の写真と来歴も出てきた。
浅尾さんと目元がそっくり。藝大は、お父さんの母校でもあるんだ。16年前に病気で亡くなったってことは、浅尾さんが5歳ぐらいの時?
あまり記憶にないって言ったけど、同じ道に進むぐらいだから、きっとお父さんのことを尊敬しているんだろうな。
あ、まずい。私の中での浅尾さんの株が急上昇している。
ダメダメ、口説かれているのは私の方なんだから。こっちが優位に立たないと。私は追いかけちゃダメ。追いかけられる方にならなきゃ。
浅尾さんが頼んだミックスジュースを、店員が運んでくる。注文を受けた店員とは別の人だったからか、ミックスジュースは私の前に置かれた。
「オレが飲むと思ってねぇな、あの店員」
浅尾さんのちょっと拗ねた顔と言い方が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「今日、朝から何も食ってなくてさ。だから栄養補給」
「私もミックスジュースにしたらよかったかな。美味しそう」
「飲む?まだ口つけてねぇし」
「え、でも」
「ここのミックスジュース、ミカンが強くてオレ好みなんだよ。美味いから、飲んでみ」
浅尾さんに促されて、ストローに口をつける。リップ、色落ちしないかな……。
ミックスジュースって、果物の量とか配分で全然味が違ってくるけど。浅尾さんの言う通り、このお店のはミカンが強めで、爽やかな酸味と甘みが口の中に広がった。
「あ、美味しい。私もミックスジュースはミカン強めが好きなの」
「もっと飲んでいいよ」
「でも、浅尾さんの栄養が……」
浅尾さんが声を上げて笑った。あぁもう。笑い声も笑顔も、いちいちかっこいいのは何でなの。
「オレの体を心配してくれてんの?大丈夫だよ、もともと1食しか食わねぇことが多いし」
そう言えば合コンのときも、朝から何も食べてないとか言ってたっけ。
でも別にそこまでガリガリに痩せているようには見えないし、体格はしっかりしているのよね。一体どういう生活をしているんだろう。
「もう1つ頼むから、それは飲んでいいよ。オレが待たせたせいで、コーヒー飲み干しちゃってるみたいだし。そのお詫びってことで」
浅尾さんは店員を呼んで、もうひとつミックスジュースを注文した。
やっぱり優しいよね、この人。七海の言う通り“ヤリモク”だから優しいの?
100%信じ切れているわけではないけれど、私にはそうは見えない。見た目とか上辺の言動だけ見たら、チャラチャラして軽そうって感じるけれど。でもなんだか不思議な魅力があって、やっぱり浅尾さんのことをもっと知りたいと思ってしまった。
「今日、いきなり誘ってごめんね。連絡くれたのが嬉しかったからさ。はやく会いたくなっちゃって」
浅尾さんにこんなことを言われて、ドキドキしない人なんているんだろうか。心臓の音が浅尾さんにも聞こえてしまうような気がして、ミックスジュースを飲んで誤魔化した。
すると、浅尾さんが口元に笑みを浮かべながら、じっと見つめてくる。
「な、なに?」
「可愛いものは、じっと見たくなるんだよね」
そ、そうだった。私は口説かれてるんだよね。これぐらいで動揺したらダメ。つけ入る隙がありすぎるって思われないようにしなきゃ。
可愛いなんて、言われ慣れてるでしょ。冷静にならなきゃ。赤くなるな。そうよ、私が可愛いのなんて当たり前なんだから。
「……浅尾さん、何も食べてないなら、軽食を頼んだ方が良かったんじゃないの?」
なんとか平静を装って、話題を変えた。
「急いできたからさ。いきなり固形物を口にすると、吐きそうじゃん」
そんなに急ぐほど、私に会いたかったってことよね。やっぱり私が追いかけられる側よね。
でも浅尾さんは、私のどこを気に入ってくれているのかな。この前だって、そんなに長時間一緒にいたわけじゃないし。
やっぱり私の顔が好みとしか考えられないんだけど。芸術家だし、きっと綺麗なものが好きなんだろうから。
「浅尾さんって、ひとり暮らしなの?」
「うん」
「朝ご飯は、ちゃんと食べたほうがいいよ」
「朝起きるの苦手でさ。気がついたら時間なくなってんだよね。そんで学校行って絵描いてたら昼飯も食い損ねて、結局夜だけみたいな。たまに夜も食べ忘れるけど」
食べ忘れるって……。やっぱり、典型的なアーティスト気質なのかな。どんな時でもお腹が空いてしまう私には、よく分からない感覚かも。
「朝起きれないってことは、低血圧?」
「そうかもな。でもまぁ単純に、不規則で寝るのが遅いんだよ」
「自炊しないの?」
「しないね、まったく。そもそも調理器具が家にねぇもん。電気ケトルぐらいはあるけど」
「じゃあ、毎日外食?コンビニ弁当とか?」
「コンビニ弁当は食わねぇなぁ……」
言いながら、浅尾さんはまた私をじっと見てニヤニヤしている。
「こ、今度はなに?」
「いや、なんかいろいろ訊いてくるからさ。オレに興味持ってくれたのかなって」
あ、しまった。浅尾さんのこと知りたいって気持ちが、前面に出ちゃった。でも浅尾さんは、すごく嬉しそうな顔をしている。
「もっといろいろ質問してよ。愛茉ちゃんが知りたいことなら、何でも答えるからさ」
浅尾さんって一見ミステリアスで、質問してもはぐらかされそうな感じだったんだけど。案外そうでもないのかな。
向こうからそう言ってくれるなら、とことん訊かなきゃ逆に失礼よね。
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