塩味のたまご焼きは、お母さんの味

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塩味のたまご焼きは、お母さんの味

「えーっとこのあたりのはず・・あぁいたいた!きよみ女史~!」 「ごきげんよう、神谷忍氏。神谷雅希女史。その方たちが、神谷忍氏が私にメッセした例の“今日の昼連れてくる友だち”ですか?」 「そうだよ。界人は俺とまーの幼馴染で9年ぶりに再会したばっか。で、真珠ちゃんは界人のー、まぁなんつーか・・身内みたいなもんだな」 「要するに、あなた方の友人ですね?」 「うん。きよみ女史とも気が合うと思う」 「神谷雅希女史が推すのであれば、そうなのでしょう」 「俺の推しじゃダメってことかい」 「そうは言ってません。言ったのは神谷忍氏自身です」 また始まった。 きよみ女史と忍は、会えば必ず言い合う。 仲が「悪い」というより「良い」。いや、「とても良い」のだけど。 二人の言い合いがエスカレートしないうちに、私は「早くお昼食べよう」と言って、二人を現実に引き戻した。 「そだな。昼休みの時間は限られてるし」 「食べる時間がなくなっちゃう!」 私たちはベンチに座ると、持ってきたお弁当をテーブルに広げた。 「改めて、こんにちは。魁界人です。よろしく」 「初めまして!こんにちは!佐渡真珠です。今後とも、どうぞよろしくお願いします!」 「私は井成きよみ。井戸の井に成りあがるの成(り)と書いて“いなり”と読みます。そして“きよみ”は平仮名です」 「はぁ・・」「な、るほど・・・」 きよみ女史の外見は、ごくごく普通の女子高生とそう変わりない。 だけど、しゃべりかたはとても独特なものがある。 たとえば、自分より年下にも丁寧語だし(相手全般に対してそうだ)、「カッコ」「カッコ閉じる」までわざわざ言うし、相手のことは、たとえ仲良くしている友だちでも毎回フルネームで呼ぶし、女性には「女史」、男性には「氏」をつける。これも年齢に関係なく、全員に。 だからきよみ女史と初めて会話すると、ほぼ全員が面食らうか、大いに戸惑う。 無愛想な私でさえ、内心はビックリしていたから、顔にその驚き具合が少しは出てしまったかもしれない。 けど、きよみ女史はとても面白いし、賢くて頭も良くて「知的美人」という言葉が良く似合う。 初対面のときは面食らったけど、私は最初からきよみ女史に好感を持った。 「きよみ女史は2年の特進クラスに所属してる」 「神谷雅希女史のおっしゃるとおりです」 「そしてきよみ女史は、俺らより“2つ”年上なっ」 「え?1学年先輩なのに・・?」 「はい。神谷忍氏のおっしゃるとおりですし、佐渡真珠女史が指摘するのもごもっともです」 「あ、いやっ。別に“指摘”っていうか、その・・・“あれ?”って思っただけで。気を悪くさせてしまったのならごめんなさい、きよみさん」 「私は気にしていませんので、ご心配なく」 「そっか。良かった・・」「それより」 「はい?」 「私のことは、きよみ“女史”と呼んでいただけませんか?そのほうが私の気持ちが“地獄的に”落ち着きますので」 「あ・・・はい。分かりました!きよみ女史!」 「魁界人氏、あなたにもお願いします」 「了解しました、きよみ女史!あのー。ところでさ、今“地獄的に”って聞こえた気がしたけど・・・言ったよな?きよみ女史」 「あ、うん!私も聞こえた・・よ?」 真珠ちゃんと界人は、きよみ女史のことをまだ全然知らないからか、二人とも、忍と私の顔を交互に見ながら確認をしたがっている。 その様子が面白くて、きよみ女史と忍と私は、最初クスクス笑い、そしてきよみ女史と忍は、そのうちゲラゲラ笑い始めた。 「え。何?私の聞き違いだった?」 「いやそりゃねえだろ。俺だって聞こえたし聞いたし!」 「ええ。確かに私は“地獄ワード”を使いました」 「地獄ワード?」「なんだそれ!?」 「きよみ女史の地獄と、地獄関連フレーズ集で」 「地獄好きな私にとって、地獄ワードは誉め言葉なのです」 「要するに、これ言われたり聞いたってことは、きよみ女史は二人を“友だち”認定したってこと」 「そのとおりです」 「そっかぁ。呪文かけられたわけじゃあないんだな。安心した!」 「嬉しいです!」 「ではイニシエーションも終えたことですし。お昼を食べましょう」 「賛成!俺腹減ってんだ!」 「“イニシエーション”って・・」と呟きながらクスクス笑ってる界人に、「すぐ慣れるぜ」と忍が耳打ちしている。 「でも慣れてもオモロイことに変わりねえけどな」 「何か」 「ん?きよみ女史は“地獄一”面白いって話」 「神谷忍氏。私の専売特許を盗らないでください」 「俺は好きだよ」 「好きなんだ、界人。きよみ女史のこと」 「え。って!えっと、きよみ女史の・・ユーモア!そう、ユーモアのセンス!と、それから友だちとして、俺はきよみ女史のこと好きだよ」 「私も」 「雅希。それって・・」 向かいに座っている界人が、私に何かを言いかけたとき、隣から真珠ちゃんの「わぁ!」という感嘆の声で遮られてしまった。 「雅希ちゃんのお弁当、すっごく美味しそう・・・!あれ?忍くんと同じだ」 「そりゃあそーよ。まーが俺たちの弁当作ってくれてんだから」 「俺“たち”?・・あ、そういえば昨日、保健室で雅希ちゃんのお父さん?が言ってたよね。“忍くんと一緒に住んでる”みたいなこと」 「俺だけじゃなくて、俺らの父さんの兄弟の家族全員同居してるんだ。ちなみに俺は四人兄弟の次男坊で、俺の父さんは六人兄弟の五男なっ」 「父さんのお父さん、だから私たちのじーちゃんも一緒に住んでたよ。三年前に亡くなったけど」 「ばーちゃんは、俺らが生まれるかなり前に亡くなったから、俺ら子世代は誰も会ったことない」 「うわぁ。それでも大所帯だねぇ」 「うん。お弁当はいるって人の人数分作ってるから、毎日9人分くらいかな」 「えー!?すごーい!まるで食堂の人みたい!」 「そんなに大人数の弁当作るのは大変じゃね?」 「別に何種類もおかずを用意しないし、人数が増える分、作る量が増えるだけだから、そんなに大変だとは思わない。それに好きなの。料理とか掃除みたいに一人で黙々とできることが」 「まーは料理めっちゃ上手いんだぜ」 「未久叔母さん、って忍のお母さんに料理教えてもらったり、たまに叔母さんと一緒に作ったり・・はい、これ」と私は言いながら、きよみ女史に小さなタッパーをあげた。 「なんだ?」 「たまご焼き。きよみ女史のリクエスト」 「神谷雅希女史、いつもありがとうございます!地獄感激ですっ!」 「出た!きよみ女史の地獄ワード!」 「食べる前から!?」 「まーが作るたまご焼きは、きよみ女史の大好物なんだ」 「てことは、すでに何回か食べているってことか!?いいなぁ。俺も・・・」 「食べる?」 「え。いいのか?雅希」 「いいよ。だけど今日は一切れだけね。私も一切れ食べたいから」と言いながら、逆さ箸で一切れのたまご焼きを界人のお弁当箱に入れた。 食べるの早いな、界人は。私よりも大きいサイズの弁当箱なのに、半分以上がすでに空いてる。 それを言うなら忍も同じか。やっぱり成長期真っ只中の高校生男子の食欲ってハンパない。 「・・・真珠ちゃんも食べたそうだな」 「えっ!?いや別に私はそんなっ!」 「ことあるよなぁ。めちゃ欲しそうな目でたまご焼き見てるし」 「実は食べたいなぁと思ってて。ホントに美味しそうだし」 「じゃ、半分こしよっか」 「ありがとぅ、界人くんっ・・・あっ、これは珍しい・・」 「塩味?」 「うん。父さんがね、たまご焼きは塩味しか食べないんだ。たまご焼きに関して“これは譲れないこと”なんだって。たまご焼きの作りかたは未久おばさんに教えてもらったけど」 「ふぅん」 「たぶん父さんは、塩味のたまご焼きが好きなんじゃないかな。お母さんがよく作ってくれてたって聞いたことあるから」 「そっか・・・。美味いよ、塩味のたまご焼き。俺初めて食べたけど、すげー美味い」 「うんっ。ホントに美味しい!」 「じゃあ明日からみんなの分も作ってくるね。各自二切れ分でいい?」 「か、感激・・!きよみ女史じゃないけど、地獄的に嬉しい!あ、雅希ちゃん、これ食べてみる?」 「いいの?」 「どうぞどうぞ。って作ったのは私じゃなくて、飛鳥さんなんだけどっ」 「料理上手でしょう、飛鳥さんって」 「分かるぅ?もう何でも上手なの!家事とか。それに勉強だってすっごくできるし教えかたも上手で」 「そっか。ねえ忍、お弁当それで足りてる?」 「いまんとこだいじょーぶ。それに今日は、帰りにみんなでなんかいろいろ食べるっしょ?」 「そうそう!飛鳥さんがね、いっぱい用意するからお腹空かせといてって伝言あったんだ!それであの、きよみ女史もぜひ、今日うちに来てほしいな」 「喜んで参加させていただきます」 「いろいろなっ!」 「神谷忍氏。そのツッコミは地獄的に意味不明ですが」 「そおかあ?」 「迷宮に入っていますよ」 「分かる~!ハハハッ!」 しゃべるとちょっと変わり者扱いされるきよみ女史だけど、二人とも初対面から自然に受け入れてくれて良かった。 忍や私にとって、きよみ女史は大切な女友だちだから・・・。 盛り上がっているきよみ女史と真珠と忍の三人を見ながら、自然と笑みがこぼれているところで、界人が私を小声で呼んだ。
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